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2017年5月

2017年5月31日 (水)

レッツ4とGROMで「尾道~しまなみ海道~とびしま海道」その7

2017年5月22日(月)の朝です。

神戸から埼玉県まで、600Km以上。
さっさと帰りましょう。

快晴の明石海峡大橋を眺め、朝ごはんをしっかり食べて、出発です。
20170522_01
大津サービスエリアです。
交通安全かんばんの、男の子のグッズが並んでいました。
滋賀のご当地キャラクター「とび太くん」なんですって。
オミヤゲに、メモ用紙クリップをひとつ購入(^^)
後ろに見えるのは、桂由美デザインの「恋人の聖地」碑。
その向こうには、琵琶湖が広がっています。

高速道路から「ナガシマスパーランド」が見えました。
名古屋では「レゴランド」も見えました。
伊勢湾岸自動車道の二つの橋。
ちょっと調べてみました。
木曽川橋と揖斐川橋、愛称は「トゥインクル」
良く見る「斜張橋」と思ったら、「PC・鋼複合エクストラドーズド橋」という構造だそうです。
全く荷物を乗せるスペースがない、ホンダS660
格好良くトランクを付けていました。
ちょっと調べてみました。
このキャリアは、ヤフオクで開始価格3万円で出品されていました。
20170522_02
というわけで。
SAでの休憩のみで、無事に埼玉県に帰りました。



さて、感想です。

昨年9月の北海道と同様、私は^n^くんのプランに乗っただけです。
前回は新幹線、今回は夜行バスで、片道は楽をさせて貰っています。
本当に、^n^くんには感謝です。

尾道の古い町並みには、原付スクーターでちょうど良かったです。
坂が多いので、徒歩や自転車ではキツそう。
クルマや大型二輪では、駐車場所に困るでしょう。
原付なら、気軽に乗り降りが出来て、荷物の出し入れも楽々。
周囲の方々への影響も、少ないですしね。

そして、しまなみ海道とびしま海道です。
橋の側道を利用して、それぞれの島を走ってきました。
サイクリングの人気スポットですが、今の私には、とても無理です。
エンジン付きというだけで、もう必要充分という感じでした。
さすがに山道ではスピードダウンしますが、それ以外はもう、快適そのもの(^^)
後続車に道を譲るのも、空いているので楽々。
尾道同様に、私には原付でちょうど良いと思いました。

レッツ4くんも、ウチに来てからもうすぐ3年。
近所のおつかい専用で、前オーナーの時もきっと同じだったでしょう。
遠出と言えば、わずかに「さきたま古墳群」程度(^^;
いつも、SRくんやBrevaくんやロードスターくんたちの話を聞くだけ。
すっかりおじいちゃんのカブくんだって、かつては箱根や茅ケ崎を走っていたのです。

今回は、レッツ4くんも、がんばりました。
はじめて見る、海や山や島や橋。さぞ楽しかった事でしょう。

もちろん、私も同じです(^^)

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2017年5月29日 (月)

レッツ4とGROMで「尾道~しまなみ海道~とびしま海道」その6

2017年5月21日(日)の続きです。

海沿いの道をまたぐ、大きな構造物。
中国物産株式会社の製砂プラントとあります。
プラントから、直接船に積み込みが出来るのですね。
20170521_21

後で調べると、こちらの会社です。
 広島県呉市蒲刈町、蒲刈砕石工場と蒲刈製砂工場
Chugokubussan_201705

ドローンで上空から見ると、へぇー。
道路からは分かりませんでしたが、ずいぶん広範囲にえぐられています。
Mavic_20170521_03

こちらは、^n^くんに撮ってもらった、私の走行シーン(^^)
深い色で穏やかな海は、北海道とはぜんぜん違いますねー。
画像を拡大すると、バスケット付きのレッツ4にフルフェイスやジャケットまで、はっきり。
Mavic_20170521_04

橋を超えたY字路に「広域農道」とありました。
我が埼玉県で「広域農道」と言えば「平らな田んぼの中の直線道路」です。
例えば、こんな感じ。
20140802_1 20140802_2

こちら瀬戸内海では「みかん山の急坂」なんですね(^^;
私のレッツ4は、全開にしても、、、ペースダウン。
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島から島へと渡っていくのよ~。どうも済みません。
たくさんの島、橋、街並みを抜けて、本州に戻ります。
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カワサキマッハが走っていたり。
JR呉線の黄色い電車は、国道185号が並ぶ安芸津町あたり。
その先が、広島県竹原市の竹原地区。
製塩や酒造で栄えた、重要伝統的建造物群保存地区
先の豊町御手洗と共に、広島県の重伝建は、この二つだけ。
寄ってみたいですが、またの機会に。
20170521_24

三原市の辺りで、巨大な船舶の工場が見えました。
後で調べると「今治造船広島工場」ですね。
前身は「幸陽船渠株式会社」、ウィキペディアにも載っていました。
大きな門型の設備は「ゴライアスクレーン 」と言うのですか。
紫色の電車は「がんばれサンフレッチェ!」のラッピング。
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尾道に戻り、今日のうちに神戸まで移動です。
シーサイドホテル舞子ビラ神戸
明石海峡大橋ビューの、素敵なお部屋。
おっさん二人では、もったいない。
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続きは後ほど。

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2017年5月28日 (日)

レッツ4とGROMで「尾道~しまなみ海道~とびしま海道」その5

2017年5月21日(日)の続きです。

岡村島からは「とびしま海道」です。

大崎下島の重要伝統的建造物群保存地区、港町「御手洗」
住所としては、広島県呉市豊町御手洗。

以下、観光協会の紹介文を抜粋です。
 江戸時代より風待ち、潮待ちの天然の良港とされていた御手洗は
 人と情報が集まる要衝地として十八世紀に入って急速に発展した。
 四軒の「茶屋」が置かれ花街として歴史に色を添えた遊女達。
 夕暮れ時、聞こえる三味の音、無数の宿の灯りなど、海面に映える
 隆盛の輝きは黄金の島にふさわしい景色だったことでしょう。

かつての港の繁栄を物語る、大きな高灯篭。
花街のお茶屋だったという、若胡子屋。
自転車は、この町出身の中村春吉という方にちなむもの。
明治時代に自転車による世界一周無銭旅行をした方だそうです。
20170521_11

後で確認すると、押川春浪が中村春吉の旅行記を出していました。
ドリルが格好良い、東宝怪獣映画「海底軍艦」の原作者です。
Harukiti_201705

凝った作りの塀が続いていたり。
昔の喫茶店の看板があったり。
石垣の上は満舟寺というお寺。
学校ありの道路標識が楽しいです。
すぐそばに「御手洗幼・小・中学校」の跡地がありました。
中学校は昭和35年に豊島中と、小学校は昭和48年に豊島小と統合されたとのこと。
20170521_12

後で確認すると、橋でつながれた隣の豊島のことですね。

石碑の校歌を転記します。

 一、歴史の色もうるわしく
   花の港とうたわれて
   このよきそのに生いたらし
   学びの庭につどう子よ

 二、一峰山のそれのごと
   高くみがけよわが徳を
   ひろがる海の水のごと
   潔くおさめよわがわざを

 三、わが御手洗のほこりなる
   かの菅公をかがみとし
   日頃むつみて吾が友よ
   至誠の道にいそしまん

作詞者や作曲者や制定年がわかりません。
しまった。
きっと石碑の裏側です。
見損ねてしまいました・・・

で。
キレイに整備された保存地区も結構なのですが。
すぐそばの路地の宇津神社周辺です。
突然、GROMの^n^くんがわき道にそれました。
おぉ。
川沿いに続く板塀み。
三階建ての何かの会社。
これはすごい。
リアルに息づいている、伝統的建造物群ですねぇ。
さすがは^n^くん。
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後で確認すると、ストリートビューでも詳しく紹介されていました。
Uzujinjya_201705

なかなか先に進めませんが。
続きは後ほど。

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2017年5月27日 (土)

レッツ4とGROMで「尾道~しまなみ海道~とびしま海道」その4

2017年5月21日(日)の朝です。

早朝から、レッツ4で周辺をうろうろ。

まずは「大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)」です。
伊予国一宮。旧社格は国幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。
私の地元埼玉県の、武蔵国一宮「氷川神社」とほぼ同格。
かと思ったら。
なんと「日本総鎮守」とあります。
国宝・重要文化財の甲冑の約4割が、この神社にあるそうです。
宝物館など見たかったですが、、、またの機会に。

早朝で誰もいない境内は、静かで清々しくて、良い気持ちです。
来訪者の記念写真がずらり。
海上自衛隊が多く目につきます。さすがは総鎮守。
皇室関係、大手企業の役員、タレントさんなど。
おっ。
大正14年の秋山好古、日露戦争の立役者、司馬遼太郎「坂の上の雲」の主人公。
その脇に、平成16年の女優の浅野温子さん(^^;
20170521_01

大山祇神社の参道です。
県道沿いに大きな観光施設が並ぶせいか、かなりの・・・
川沿いの大三島藤公園には、向き合うブロンズ像。
天文12年(1543年)の鶴姫の悲しい伝説だそうです。
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海辺に行ってみます。
静かな海辺、昨晩の入浴施設「マーレ・グラッシア」「伯方の塩」の工場。
おっと、別行動していた^n^くんが、ドローンで空撮中です。
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おぉ。
私が山だと思った場所の向こうは、立派な港。
Mavic_20170521_01

「伯方の塩」の工場の裏手には「流下式枝条架併用塩田」のデモプラントも見えます。
Mavic_20170521_02

動画から切り出して、この鮮明さですからね。
景色もドローンの性能も^n^くんの腕も、いや~素晴らしい。

民宿に戻り朝食です。
塩鮭のり厚焼き玉子といった定番メニューですが、オニオンスライスが美味しい。
 そばのお客さん「この玉ねぎはどこで採れたんですか?」
 民宿のおかみさん「畑です」
うわ―、惜しかった。
昨晩、聞いてみれば良かったですね。
 「このお魚はどこで採れたんですか?」

オチが付いたところで、出発です。
美術館のある峠を越えて、大三島宗方漁港
大三島ブルーラインフェリーで、岡村島へ。
20170521_04

ここからは「とびしま海道」で、呉市まで行きます。
Omishimabl_map

続きは後ほど。

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2017年5月26日 (金)

レッツ4とGROMで「尾道~しまなみ海道~とびしま海道」その3

2017年5月20日(土)の続きです。

尾道駅前「向島行渡船のりば」から、向島に到着です。
ここから、50ccのレッツ4と125ccのGROMで、しまなみ海道を今治まで走ります。

しまなみ海道について、まずはウィキペディアより抜粋。
Wiki_shimanami_201705
 正式名称は、西瀬戸自動車道。
 本州四国連絡道路の3ルートのうち、西に位置する尾道・今治ルートを成す道路。
 西瀬戸尾道ICを起点とし、向島・因島・生口島・大三島・伯方島・大島などを経て
 愛媛県今治市の今治ICに至る、延長59.4 kmの高規格幹線道路である。
 略称は西瀬戸道だが、西瀬戸自動車道周辺地域振興協議会が公募した愛称である
 瀬戸内しまなみ海道 または、単に しまなみ海道 と呼ばれることが多い。
 新尾道大橋を除き、尾道から来島海峡大橋までのルートには歩行者、自転車、
 原動機付自転車(125cc以下の自動二輪車を含む)の専用道路が併設されている。

というわけで。
ちょうど2年前にはクルマで通過だけしてきました。

今回は、原付スクーターで橋を渡り、各島の一般道を走ります。
それぞれの島を詳しくご報告したい、、、とは思うのですが。
次から次に現れる、大きな橋、島の街並み、海岸沿いの道、山越えの道。
どこがどこやら、もうね。

というわけで。
ざっくりまとめてご報告です。

尾道から、フェリーというより渡し船という感じの船で、向島に渡ります。
その後は、自転車道や原付道のくっついた、大きな橋を次々と。
20170520_11
原付道は、その辺の国道の歩道程度の幅で、対面通行です。
また、途中には駐車ポイントなどもありません。
もっと良い道ならとも思いますが、まぁ仕方ないですね。
 もしも、途中に駐車休憩スペースがあったら、、、
 もしも、より幅広い走りやすい道路だったら、、、
どう使われるかは、想像がつきますものね(^^;

因島にある「因島水軍城」です。
水軍城をイメージして造られた「城郭風建築物」のようです。
そばには、「尾道市因島史料館」というのもありました。
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橋を下りて海岸線に沿った道は、心地良いオープンロード。
キレイな海辺に、おしゃれなジェラート屋さんがあったり。
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すべての道や橋のご報告は、とてもムリですので、途中は省略。
今治市に入り「来島海峡大橋」で折り返します。
大三島まで戻り、宿泊は「民宿 紺玉」です。
お風呂は、すぐ近くの温泉施設「マーレ・グラッシア 大三島」
海水を沸かしたお風呂がありました、もう汗ダラダラという感じ。
夕食は、もうお魚尽くし。
お刺身焼き物煮物唐揚げ甘酢あんかけアラ汁。
お魚でないのは、ご飯とキンピラごぼうだけ(^^;
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NHKテレビで「ブラタモリ」
おっとびっくり。今日の午前中に歩いた、尾道です。
それも、ピンポイントに私たちが行った、浄土寺や千光寺を訪れています。
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Buratamori_20170520

続きは後ほど。

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2017年5月25日 (木)

レッツ4とGROMで「尾道~しまなみ海道~とびしま海道」その2

2017年5月20日(土)です。

この町は、様々な映画の舞台になっています。
大林信彦「尾道三部作」をはじめ、例えばこんな作品。
ウィキペディアから抜粋です。
 ・東京物語(1953年、小津安二郎監督)
 ・男たちの大和/YAMATO(2005年、佐藤純彌監督)(戦艦大和ロケセット・向島)
 ・彼のオートバイ、彼女の島(1986年4月)岩子島にてロケ。2005年に合併して尾道市へ。
じっくり探索したら何日かかるか分かりません。
先日川越スカラ座で見てきた「時をかける少女」と、名作「東京物語」の要点だけチェックしましょう。

さて。
夜行バスは、朝の8時に尾道駅前に到着しました。
へぇー。
近代的な広いロータリーで、明るい雰囲気です。
古い平屋の尾道駅は、改装中。
目の前の向島行き渡船のりばには、高校生が大勢。
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無事に^n^くんと合流し、まずは朝食です。
駅のすぐそばのビジネスホテル併設のレストラン。
おっ。
窓の外には、東京物語の冒頭に出てくる「住吉神社」
さくっとお参りして、さぁ行きましょう。
駅から少し離れたコインパーキングで出発準備です。
ビビビビ~っと走り出し、わずか2分後。
道を間違えて「西郷寺」の門前へ(^^;
脇にある久保小学校は、明日が運動会なのでしょう。
日の丸と万国旗。白く輝くテント。
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まずは高台の「浄土寺」です。
国宝の本堂や多宝塔。
見下ろすと、石段の上にJR山陽本線、その向こうに海が見えます。
タイミング良く、猫の絵柄の黄色い車両が通りました。
後で確認しましたら「吉備之国くまなく旅し隊」のラッピング電車(^^)
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このお寺も「東京物語」の重要なシーンのロケ地です。
オープニングの、列車の見える高台。
終盤での、妻を亡くした周吉(笠智衆)に、紀子(原節子)が声をかける場所です。

もちろん、周囲の風景は大きく変わっています。
ですが、住吉神社の灯篭や、浄土寺から見下ろす列車は、この通り(^^)
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人気の観光地「千光寺公園」です。
すぐそばに「時をかける少女」に出てくる「艮(うしとら)神社」があるはずですが。
タイムスリップした和子(原田知世)が幼い自分と遭遇しかける場所です。
昔のSFの定番「同時に二人は存在出来ない」という、懐かしい設定の名シーン。
おっと、残念。
ロープウェイの駅周辺は、バイクの駐車スペースはありません。
仕方ないので、山の上の広い駐車場に回ります。
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素晴らしい眺望の「千光寺」にもお参りです。
巨岩には、烏天狗の彫刻があったり。
裏手の道の脇の家には、廃車のホンダN360があったり。
最近の軽に比べると、結構ノーズが長いですね。

近くには、手作り感あふれる「梶山時計店の大時計」
ここは「時をかける少女」で、和子(原田知世)がタイムスリップするシーンに登場。
残念ながら、お店は営業していないようです。
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その他、謎のデコレーション(^^;のお宅。
木造三階建て「金光教尾道教会」など。

坂の多い、古い街並みです。
クルマや大型二輪では大きすぎ、自転車や徒歩では疲れそう。
コンパクトな原付き二輪が、ちょうど良いですね。

さて。
今朝の「向島行渡船のりば」から、「しまなみ海道」に向かいます。
大人100円、自転車やバイクは10円。

続きは後ほど。

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2017年5月23日 (火)

レッツ4とGROMで「尾道~しまなみ海道~とびしま海道」

2017年5月19日(金)です。

ステップワゴンにレッツ4GROMを載せて、^n^くんは一人で先発。
私は、新宿から夜行バスに乗り、翌朝に広島県の尾道駅前で合流します。
というわけで、昨年9月の北海道と同じパターン。

私は夜行バスは初体験ですので、少し詳しくご紹介します。
東京新宿から広島の三原駅をつなぐ「エトワールセト号」
小田急シティバスと中国バスの2社が交互に運行するそうです。

始発場所は、ハイアットリージェンシー東京の停留所です。
その後、 新宿駅西口小田急ハルク前とバスタ新宿からも乗れます。
つまり新宿駅で待っていれば良いのですが、、、
せっかくの機会ですからね、始発停留所から乗ってみます。

新宿駅から高層ビル街を徒歩約20分。
豪華なホテルの車寄せの、はじっこが停留所。
先に成田空港行きのバスが到着。
航空会社の制服の外国人がぞろぞろ。

少し時間があります。
地下街のコンビニで買い物をして、最後のトイレ。
閑散としていて、まるで古代の地下宮殿、、、は大げさですが。
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さーてバスが来ました。
小田急シティバス。
独立した3列シート。トイレ。
セルフサービスの給湯器に、おしぼりやティーバッグなど。
シートはリクライニングにフットレスト。毛布とスリッパ。
ヘッドフォンでは、テレビとAMラジオ各1局のみ。
ここから乗ったのは私一人。
その後新宿西口とバスタ新宿で、ほぼ満席となりました。
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1時間ほどで足柄SAで休憩し、その後は消灯です。
足もとも充分広く、国際線のエコノミークラスを考えれば、はるかに快適。
夜明けまで良く眠れたのですが、、、
目覚めてから、ちょっと乗り物酔いしてしまい、参りました。
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早朝の尾道駅前に到着です。
続きは後ほど。

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2017年5月18日 (木)

再訪です福島県「喜多方~会津若松」その4

2017年5月13日(土)の午後です。

会津若松市内の、飯盛山です。
雨はやまず、観光客も少なくて閑散としています。
小さな山ですが、以前からある「動く歩道」大人250円。
ここにも「八重さん」
手塚治虫のパネルは「NPO法人 会津マンガ文化研究会」作成。
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まずは白虎隊のお墓に手を合わせて、自刃の地も見学。
雨にかすんではいますが、お城も見えます。
観光ボランティアの方も、ちゃんと立っていました。
さーて。
山の裏手の「さざえ堂」です。
新しい立て看板が出来ています。
 日本遺産
 会津の三十三観音めぐり ~巡礼を通して観た往時の会津の文化~
 旧正宗寺三匝堂
 1796年に建立された、高さ16.5メートル、六角三層の堂であり、正宗寺の
 住職であった僧郁堂が考案した。
 (以下略)
2017513_14
以前は、西国三十三観音像が安置されていたそうです。
明治時代の神仏分離令で取り外し、その後「皇朝二十四孝」の絵額が掲げられたとのこと。
古来「二十四孝」は様々なものがあるようですが、江戸時代の藩主松平容敬が編纂したものだそうです。

入り口には、昭和43年に天皇皇后両陛下(当時の皇太子)の来訪の様子。
もうひとつは、埼玉県本庄市の成身院さざえ堂と、群馬県太田市の曹源寺さざえ堂。
これで「日本三大さざえ堂」なのですね(^^;
「皇朝二十四孝」の絵額は、薄れている上に、暗いし金網もあって、ほとんど分かりません。
外の通路には、色あせたJRのポスター。
下には、手書き文字の看板。
 さざえ堂
 特色
 一、上りも下りも階段がない。
 一、一度通った所は二度通らない。
 ・ご希望の方は、お見逃しないよう、案内人にお申し出下さい。
 ・土足のまま、二~三分で見られます。
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拝観料は、大人400円、大・高生300円、中・小生200円。
この前に来たのは10年以上前ですが、、、全く変わらない風情です。
表現を変えますと、、、昭和の観光地の雰囲気そのまま(^^;

驚くべし。
ウィキペディアから一行抜粋。
 神仏混交の信仰形態をもっていた正宗寺は、明治初期の廃仏毀釈で廃寺となり、
 以後、栄螺堂は個人の所有となっている。

会津さざえ堂公式サイト
Sazaedo_201705
有限会社 山主飯盛本店
代表取締役 飯盛正徳   とあります。

なるほど。
それでは、巨額の費用をかけた全面修復など、到底出来ませんね。

さーて、そろそろ引き上げです。
一応、スペイドくんも記念撮影。
遊覧船の浮かぶ猪苗代湖も雨の中。
福島市内に抜ける「道の駅つちゆ」も雨の中。
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2017年5月17日 (水)

再訪です福島県「喜多方~会津若松」その3

2017年5月13日(土)の午後です。
会津若松市に移動しました。

若松城です。
鶴ヶ城とも聞きますが、それは地元の呼び名だそう。
会津若松城とも呼ばれるようで、ややこしい。

こんな内容の看板がありました。

 昭和9(1934)年、鶴ヶ城が国の史跡に指定され
 当時の文部省は所在地名を登録名としました。
 このため、公式には『若松城』と登録されました。
 一般的には『鶴ヶ城』が有名ですが、古い文献
 などでは『会津城』と書かれていることが多いようです。

おなじみ名古屋城と同じ、コンクリート製の復元天守
調べたら、施工も同じ間組です。
 名古屋城天守閣再建は1959年。
 会津若松城天守閣再建は1965年。
内部が博物館になっているのも、同じです。

入り口では「お城ボくん」がお出迎え。
会津若松市出身、タツノコプロの笹川ひろし氏の制作。
内部には、注意書きが沢山。
そうでした。「ならぬことはならぬものです」の土地柄(^^;
2013年のNHK大河ドラマ「八重の桜」のコーナーも。
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干飯櫓南走長屋は、木造で復元されたもの。
土産物コーナーに活用されたり、展示物があったり。
格好良いイラストは「諏訪原寛幸」氏によるもの。
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そう言えば。
2013年の春の連休には「八重の桜」ブームで会津若松市内に入ることも出来ませんでしたっけ。
2016年の春に行った埼玉山西省友好記念館でも「諏訪原寛幸」氏の作品は人気のようでした。

もう少しだけ続きます。

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2017年5月16日 (火)

再訪です福島県「喜多方~会津若松」その2

2017年5月13日(土)の午後です。

先日もちょっとご報告した、
煉瓦蔵の若喜商店の「若喜昭和館」です。
お店の二階が、非売品の展示室です。
おほー、すごい。
レアなプラモデルが沢山あります。
駄菓子屋にぶら下がっていた「GO!GO!ボート」
小松崎茂先生の箱絵の「日模 警視庁パトロールカー」
水着の女性は松尾ジーナ?「日東 ダックスホンダ」
これは古い「イマイ ミリオンレーサーシリーズ ベンツ」と「B,R.M.」
そして、ソフビ怪獣に囲まれた、ポインター号
ミサイルは残りあと1発で、絶体絶命のピンチ(^o^)
よく見ると、味方のミクラスもいましたね(^_^;
2017513_04

あれー知りません「SANWA PLASTIC PROPRAIL マッハ」とあります。
モーターはTKK NO25 電池は単3 2本使用。
プロペラで動くモノレールでしょうか。
あとはもう。
「三共 フライングサブマリン マリンキング」
「ミドリ SFシリーズ 地中戦車 キングモグラス」
「日模 万能海底探検戦車キングシャーク」
「イマイ 連結戦車クローラー」
大昔、お年玉を全額投入して買ったものでした。
最近はネット上で眺めることはできますが、現物を見ると感慨ひとしおです。
箱の厚みは、こんなモンだったのですね。
最近のガンプラ豪華仕様などとは、違いますね。
2017513_05

古いロゴで機種名がカタカナのタミヤの飛行機
マルサンの人体解剖模型(^^;
当時、乳牛やバッタなどがシリーズで並んでいたのを覚えています。
一体誰が買ったのでしょう?
ブルマァクの物は初めて見ました。再販でしょうか?
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お店のご主人とお話をさせて頂いて、キリがないので、この辺で。
オミヤゲは、「オリエンタル マースカレー 粉末タイプ 300円」

ちなみに。
キングシャークは、現在ヤフオクで即決45,000円。
Kingshark_201705
うーん。
うなりつつ、会津若松に向かいます。

続きは後ほど。

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2017年5月15日 (月)

レッツくん準備完了

2017年5月14日(日)です。

今週末のお出かけに備えて、レッツ4バスケットくんの準備です。
弱ってしまったバッテリーは、充電してもいまひとつ。
日本ブランドのGSユアサが、アマゾンで送料込み2,161円。
このお値段なら、交換ですね。
プラス端子がL字型に曲がっています。
これは逆向きに付けられなくする「ポカヨケ」なのですね。
合わせて、スズキ純正のエンジン清浄剤を投入。
近所のバイク店のお兄さんのお薦めです。
燃費優先で混合気が薄いのでカーボンが溜まりやすい、とのこと。
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久々に、シャンプー水洗いをしました。
高価なバリアスコートはやめて、シリコンスプレーでつやつや。
オイルは適量で色もキレイ。
タイヤは、、、おっと少しヒビが出ていますが、まぁ大丈夫でしょう。
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そして今夜、お迎えが来てくれました。
同行は、黄色いグロムくんです。

続きは、今週末ということで(^^)

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2017年5月14日 (日)

再訪です福島県「喜多方~会津若松」

2017年5月13日(土)です。

前日までの好天から一転して、日本中が大雨の予報です。
やれやれ。
早朝からスペイドで喜多方市へ向かいます。

大きい傘で、街中を歩きます。
まずは、本と文房具の「松本屋」さんです。
昭和初期の「店蔵」ですね。
どうぞどうぞと、靴を脱いで二階のお座敷を見せて頂きました。
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その後、お店をうろうろ。
数は少なくても、良心的な品ぞろえに感心させられます。
特に児童書は充実していました。
永遠の定番「ぐりとぐら」の隣は、最近話題の「ダースヴェイダー絵本」
なんと、ダースヴェイダーが4歳のルークを育てているんです。
 今は本屋さんは厳しいですねぇ。
 そうですよねぇ、本や雑誌離れ、その上購入はネットですもんね。
 でも、子どもの本くらい、実物を見て買ってあげたいですよね。
貼り紙も良いですねぇ。
 積ん読も"読書"
 そこにその本があるだけで
 あの本があるなと思うことも
 読書の領域に入ってきます。
 "積ん読"といって読まないけれ
 ども読むというか、その本と
 付き合うという読書の仕方が
 あります
 "門前の小僧ならわぬ経を読む"
 そういう状態が積ん読では
 ないでしょうか。
お土産に、文庫本を少し買って。
お隣にも、同じ松本屋という建物。
カンバンは、先日と同じ、ロボコンの小学館の学習雑誌。
聞きそびれましたが、昔は文房具と本屋で別店舗だったのでしょうか。
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先日は閉まっていた「マルヤ玩具店」さんです。
 済みません、見るだけなんですが・・・
 どうぞどうぞ(^^)
流行のおもちゃに交じって、古いスーパー戦隊とか、フランス人形とか。
タミヤのラジコン「ボルテックファイター」
1997年頃の商品です。
私の昔のホームページ
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お昼は、名物の「喜多方ラーメン」
私は特にラーメンには興味はないのですが、せっかくですもんね。
松本屋さんで紹介して頂いた「香福」さんです。
ある人気店で修業して独立したお店で、間違いないですよ、とのこと。
普通のラーメン600円。
チャーシューとメンマとネギだけのシンプルな構成。
チャーシューがこってり、スープはさっぱり味。
大変美味しく頂きました。

続きは後ほど。

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2017年5月12日 (金)

再訪です「野木町煉瓦窯~野木神社~新井家ふるさと記念館」

2017年5月7日(日)です。

良く晴れた穏やかな連休最終日。
つい先日、2月に行った野木町ですが、見損ねた場所を補完してきます。

午前の遅い時間に出発して、野木町煉瓦窯の到着はお昼になりました。
併設のカフェで、サンドイッチのセット950円。
屋外テーブルで煉瓦窯やメタセコイアの並木を眺めながら、のんびりと。
隣の乗馬クラブからのお客さんも結構いるようです。
案内画像を見ると、向こうがメインの施設みたい。
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すぐそばの野木神社へ。

さほど大きな神社ではありませんが、カメラや双眼鏡の人が10人位。
大きな銀杏の木に、フクロウの親子がいるのですって。
親鳥だけですが、しっかり見ることが出来ました。
いつも持っているオリンパスのモノキュラーiで、ちょうど良く見えました。
ご朱印も頂いてと。
絵馬を奉納する「絵馬所」を見ると、なにやら丸いものが。
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お、ウィキペディアにも載っていました。
 境内には、田村麻呂の手植えと伝えられるイチョウの木(推定樹齢1200年)が現存する。
 出産した女性が、乳の出が良くなるようにと願って、白布に米ぬかを入れて
 乳房を模したものをこのイチョウに奉納するという民間信仰がある。
へーえ。

新井家ふるさと記念館(旧新井製糸場)

煉瓦窯から、歩いて10分ほどです。
行ってみると、個人のお宅なんですね。
奥から、おひげの立派な年配の男性が出てきて、対応して下さいました。
80代とのことですが、大変お元気でした。
以前は製糸場だったそうです。
事務所の家屋、漆喰の蔵、煉瓦の倉の3棟が、登録有形文化財。

事務所だった日本家屋は明治26(1893)年の築造。
新井家は、古河藩主の土井侯から杉の大木を一本まるまる頂いたそうです。
その木を製材して、20年以上乾燥させて建てたとのこと。
つまり、幕末の頃の話なのですね。
この方が、子どもの頃におじいさんから話を聞いたそうですよ。
で、「四方柾目の柱」や「一枚板の床の間天井」などなど、じっくり解説して下さいます。
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煉瓦の倉は、明治35(1902)年に建てられたそうです。
使っているのは変形や変色した「屑煉瓦」。
なるほど、外観からも不揃いなのが分かります。
内部には、製糸場に関する物品がぎっしり。
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その他、ホフマン窯の煙突の内部調査用ビデオカメラとか。
展示資料や機材は、全部この方の手作りとのこと。
1時間半、しっかりと説明して頂きました(^^;

いやーもう、お腹いっぱい。
野木町は、一応これで満足、ということで。

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2017年5月11日 (木)

歩いてきました「郡山市内~白河小峰城~白河市内」その3

2017年5月5日の午後の続きです。
白河小峰城址の公園の隅に、石碑がふたつ。
碑文を転記してみます。

明治20年8月19日 白河皆既日食の碑
  明治20年(1887)8月19日の午後、明治に入って初めて国内での皆既日食が起こり、
 アメリカのアマースト大学の日食観測の大家D,P,トッド博士の観測隊一行がはるばる
 来日し、白河を観測地に選びました。
 (中略)
 また、この皆既日食の観測隊や見物客を運ぶため、鉄道を突貫工事で開通させ
 白河駅を開業したとも伝えられています。

ハルマ和解
  『ハルマ和解』(別称江戸ハルマ)は、我が国初めての蘭日
 事典である。
  十八世紀末、稲村三伯ら江戸の蘭学者は、オランダ語の
 辞書の編纂を企て、大槻玄沢を介し、フランソア・ハルマ
 の蘭仏事典の和訳の協力を、白河藩主松平定信公に召し抱
 えられた元長崎通詞の石井庄助(恒右衛門)に懇請した。

  石井は寬政六年(一七九四)、江戸より帰国する定信公に
 随従して白河に来ても、この翻訳に従事した。白河に在っ
 ては、藩校立教館の蘭書局でオランダ語を教えている。
  翌年江戸に戻り、稲村三伯・宇田川玄真ら蘭学者がさら
 に校訂を加え、寬政八年完成刊行した。杉田玄白は、『蘭学
 事始』で「ハルマ釈辞の書は全くこの人(石井)の力によ
 れり」と述べている。
  松平定信公は「遼西ドドネウス草木譜」の翻訳刊行を白
 河藩の事業として行うなど、蘭学に対する貢献は大きい。

 「一滴の油、これを広き池水の内に点ずれば、散って満池
 に及ぶとかや」『蘭学事始』
                社団法人 白河青年会議所

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ふぅ。
売店で一休みすると、なにやらご当地萌えキャラ。
小峰シロさん。こちらは簡単。
 皆さん
 はじめまして
 小峰シロです!!
 ヨロシクね

さすがに疲れてきました。
後は、さくっと流しましょう。

町なかも歩いてみます。
時代の付いた染物屋さんや薬屋さん。
聖ハリストス正教会。
午後3時までは特別公開だったそうで、わずかに遅れて残念。
全国各地の関連する教会を思い出します。
 東京復活大聖堂(ニコライ堂)
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街角には「リアルタイム放射線測定システム」・・・
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街中の観光拠点や、遊歩道の復元水車。
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ご当地ヒーローのダルライザー
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帰路の渋滞も、気にはなるのですが。
昨日の裏磐梯からは、かなり帰路は短縮されていますからね。
夕暮れまで街歩きを楽しんで、ゆっくり帰りました。

喜多方、郡山、白河。
どこも大変良かったですが。
もっとゆっくりしたかったですが。
だからと言って、郡山や白河だけで丸二日というわけにも。

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2017年5月10日 (水)

歩いてきました「郡山市内~白河小峰城~白河市内」その2

2017年5月5日(金)の午後です。
福島県白河市に移動しました。

まずは、JR白河駅すぐそばの、白河小峰城
国指定文化財、日本100名城のひとつ。
ここには、立派な木造復元天守があるそうです。
4月の名古屋城復元の心配の参考になるかも知れません、、、
なんて言って、私が参考にしても仕方ないのですが(^^;

小峰城跡は、キレイな公園として整備されています。
遅めの昼食は、近くの「城山坊」という小さなお蕎麦屋さん。
静かで雰囲気の良いお店で、値段も意外にリーズナブル。
良いお店でした。
ちなみに。
城跡から歩ける範囲には、食事をするお店がほとんどありません・・・
石垣は、東日本大震災でかなりの被害を受け、今も修復工事中。
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石垣と白い門に囲まれ、青空に映える三重櫓は、小さいながら大変立派です。
戊辰戦争によって焼失し、1991年に作られた木造復元天守。
釿(ちょうな)の跡の残る太い梁。
床材には、戊辰戦争の弾痕。
復元工事に激戦地の杉を使っていて、偶然発見されたそうです。
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これは立派なもので、見ごたえ充分でした。
名古屋城もこうなるとして、、、
失礼ながら、規模も観光客数も桁違い。
松本城などと同様に、動線が心配です。
それから、これまでの展示品のために、博物館も別に作らないと。
コンリート天守閣も、壊すのはもったいないし。
どうしますかねぇ。
私が悩んでも(以下省略)

公園の隅に石碑がふたつありました。
碑文を転記してみます。

長くなりそうなので、後ほど。

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2017年5月 9日 (火)

歩いてきました「郡山市内~白河小峰城~白河市内」

2017年5月5日(金)です。

日本遺産というのがありまして。

平成28年4月25日 福島県 郡山市・猪苗代町
未来を拓いた「一本の水路」-大久保利通“最期の夢”と開拓者の軌跡 郡山・猪苗代-
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 明治維新後、武士の救済と、新産業による近代化を進めるため、
 安積(あさか)地方の開拓に並々ならぬ想いを抱いていた大久保利通。
 夢半ばで倒れた彼の想いは、郡山から西の天空にある猪苗代湖より水を引く
 「安積開拓・安積疏水開さく事業」で実現した。
 (中略)
 この事業は、猪苗代湖の水を治め、米や鯉など食文化をいっそう豊かにし、
 さらには水力発電による紡績等の新たな産業の発展をもたらした。

というわけで。
猪苗代は何度も行っていますので、今回は郡山市内を歩いてみます。

郡山公会堂
まずは、外から眺めるだけです。
ウィキペディア抜粋。
 1924年(大正13年)9月の郡山市の市制施行を記念し、その翌月10月に完成した。
 オランダデン・ハーグの平和宮、および大阪市の大阪市中央公会堂がモデルと伝えられている。
すぐ隣には、新設の大きなホールがあります。
それでも、きちんと維持活用されているというのが、良いですね。
前庭に「ボクの街 郡山」という歌碑。
ちょっと楽しいので全文転記します(^^)

 ボクの街 郡山
    内海 久二
 恋とは楽しく 悲しいものと
  麓山の松風 ささやいた
 泣くのはおよしと 弁天池で
  優しく微笑む お月さん
 ああ 想い出の 夢が住んでる
  ボクの街 郡山

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郡山歴史資料館
郡山公会堂のすぐ隣にあります。
開館時間までかなり間があるので、外から眺めていたら。
なんと、館内の照明を点けて、館長さん自ら説明して下さいました。
 安積地方の絹産業については「もう桑畑などの痕跡はありませんねぇ」とか。
 太平洋戦争の頃は「軍都」で、毒ガスの秘密工場計画があったとか。
 東口には爆薬のカーリットの工場があったとか。
 日大理工学部の敷地も陸軍の施設だったとか。
残念ながら内部は撮影禁止で、画像はありません。
こちらも図書館だった建物の転用です。
設立記念の壁画が残っていたり、大切に使われている様子が伺えます。

安積国造神社
郡山駅すぐそばの神社です。旧社格は県社。
神楽殿には大きな「おかめ」の面。
門前町にはなんとも時代の付いた喫茶店。
すぐ裏の幼稚園の脇には、立派な「郡山市耕地整理記念」の石碑。
大正15年(1926年)6月 郡山市耕地整理組合。

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旧福島県尋常中学校本館
国指定重要有形文化財、近代化産業遺産、先の日本遺産の構成施設。
1889年に建てられた旧制中学校の本館。
今は、県立安積高等学校になっています。
1984年に高校の創立百周年記念事業として「安積歴史博物館」として一般公開。
さて見てみましょう。この通り、堂々たる木造校舎。
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古い蔵書や歴代の教科書が、自由に見られます。
えー、紫式部日記註釈、他に天保15年の古事記伝、安政3年の万葉集略解とか。
遠慮なくめくってみます。すらすら読めたら楽しいでしょう。
戦後の民主化教育の時代の「家庭科」。
 家長制度による、お母さんだけ忙しいのは間違い。
 民主的な家庭は、家族同志相手の人格を尊重しあう、と説いています。
理科や数学は、言い回しが古いだけで今とさほど変わらなかったり。
卒業生の実績展示。
芥川賞作家が3人。
日本初の角膜移植の今泉亀撤博士の紹介など。
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2階に上がります。
階段の踊り場やテラスも良いデザイン。
外を見ると、吹奏学部の練習の音。
放送部の腕章を付けた女子高生がビデオ撮影していたり。
教室の再現展示。
机と椅子が一体式になっています。
お約束のいたずら彫刻。
根性とか無我とか、立派な文字もありますが。
個人名では、吉永小百合岩下志摩倍賞千恵子(^^;
黒板に何やら書いてあるのは、、、
おっと。
プログラム言語のお約束「Hello, world」のソースコード(^^;
広い講堂にはパイプ椅子。
ここは今でも安積高校で使うそうです。
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ちなみに。
今の安積高校は、偏差値67福島県内2位と大したもの。
これはどうも、思っていた以上に時間をかけてしまいました。

まだまだ見どころもあるのですが。
これ位にしておきます。
高速道路で移動します。
続きは後ほど。

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2017年5月 8日 (月)

歩いてきました「浄土平~五色沼~喜多方」その2

2016年5月4日(木)の続きです。

喜多方市について、ウィキペディから抜粋。
 日本三大ラーメンの一つに数えられる喜多方ラーメン発祥の街、
 蔵が多く立ち並ぶ街並みを楽しめることから「蔵の街」として知られる。
 面積 554.63km2
 総人口 48,278人 (推計人口、2017年4月1日)

この街は、ここ数年では F800STレヴォーグで来ています。
二回ともゆっくり出来なかったので、今日はじっくり歩きましょう。

明治から昭和にかけての古い建物がたくさん。
角地の店舗の裏は、贅を尽くした煉瓦造の蔵座敷。
木骨煉瓦造の金田洋品店は文字もハイカラなデザイン。
旧甲斐家の店舗には、中心柱のない木造螺旋吊り階段。
奥の母屋も、大変な豪華建築。
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街中の小さい家も、見どころたっぷり。
表通りから引っ込んだ新明書店。今は営業していないんですね。
看板は「がんばれ!!ロボコン」。ということは、1975年前後ですか。
電動工具のお店は屋根の傾斜が、いかにも雪国。
屋根裏は、どう活用されていたのでしょうか。
長ーい建物が、数軒のお店に分割されています。
一番手前は自転車屋さん。
色あせた「石丸サイクル」「片倉のシルク号自転車」の看板。
そばに寄ると、休業の貼り紙。
「100kmサイクリングの為」ですって(^^)
別の自転車屋さんには、ドロップハンドルの2台。
なんと「カワムラのニシキ号」。
先端メッキのフォーク、ちょっと上向きのランドナーバー。
ダイアコンペの補助ブレーキレバー。
昭和の普及価格帯サイクリング車のテイスト満載で、たまりません。
これならもう、ヴィンテージとして値段が付きそう。
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さらに細かい話です。
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會津風雅堂について。
あちこちの商店に「会津新作シネマ上映会」のポスター。
5月20日(土) 會津風雅堂
 10:00- 超スーパーヒーロー大戦
 12:20- 君の名は
 14:45- チア☆ダン
 大人1400円 中学生以下(3才より) シルバー(60歳以上)1000円
川越のスカラ座のような所かと思ったら、違いました。
 公益財団法人 会津若松文化振興財団
 1階1158席、2階600席
会津若松市にある、キレイで大きな公共施設なんですね。
Fuugadou

ついでに、映画館について調べてみます。
現在、ここ喜多方市には、映画館は一つもなし。
会津若松市は、どうでしょう。
会津地方の中核都市で人口約12万人。
 NAVITIMEでは「会津東宝劇場」「栄楽座」の2館。
 YAHOO!ロコでは「会津東宝劇場」1館だけ。
 GoogleMapで見ると「会津東宝劇場」は、今は「東宝パーキング」。
 個人のブログによりますと、2012年に火事で営業終了とのこと。
う~ん、そうですか。

懐かしプラモについて。
レトロな土産物店に、プラモデルが結構たくさん並んでいました。
 タミヤの1/12ビッグスケールシリーズです。
 ゴールドリーフロータス49Bは「当時物12000円」
 ホンダF-1は「再販80年ころ4000円」
グンゼの軽装甲偵察車シュペーアは「絶版 定2600円→1800円」
概ね妥当なネダンのようです。
まぁ買う人は少ないでしょうが、聞かれたら答えられるようにしてあるのでしょう。
その上には、PLATZのヤークトティーガー 黒森峰女学園ver. (^_^)


ラーメンについて。
年表がありました、数字は店舗数と観光客数。
 1975年 約 60軒   5万人 NHK「新日本紀行」その後若い女性が目立ってくる
 1985年 約 60軒  25万人 るるぶや週刊誌のグラビア
 1990年 約115軒  68万人 喜多方、札幌、博多のラーメンソング
 1993年 約120軒 102万人 佐野市でラーメンサミット
 1994年 約120軒 100万人 横浜ラーメン博物館
なるほど。
今日も、人気店の前には行列が出来ていました。
今の若い人って、ラーメンが好きですもんね。
全国的なラーメンのブームに乗って発展してきたのがわかります。

キリがないので、このへんで。

ここ喜多方市は「重要伝統的建造物群保存地区」という訳ではありません。
特に「一定時期の建築様式が集中している」というわけでは、ないですからね。
明治から現在に至る様々な建物が混在しているのが、面白いところだと思います。

また、あざとい和風レトロ風観光施設は、ほとんどありません。
もちろん、味噌醤油の店がレトロ風土産物を並べたりの業態転換はあります。
でもこれは歴史的建造物の維持として、意義のあることですからね。
見せて頂いたお店は、どこも穏やかで親切。
買い物もしていないのに、プレゼントの草花の苗をくれたり。
連休というのに、普通に定休日になっているお店も多数。
全体として、穏やかな良い雰囲気の街ですね。

さーて。
宿泊は、郡山市です。
移動は約70kmを1時間ちょっと。
続きは後ほど。

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2017年5月 7日 (日)

歩いてきました「浄土平~五色沼~喜多方」

連休真ん中の2016年5月4日(木)と5日(金)です。
福島県の内陸あちこちを、歩いてきました。
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起点は東北自動車道の福島西IC。
渋滞を避けて早起きして、まだ朝7時です。
ここから観光道路の「磐梯吾妻スカイライン」に入ります。
2011年の東日本大震災の後、観光振興のために無料化。
その後、2013年から恒久的に無料開放されています。
この場所にゲートがあったのですが、撤去されています。
バイクも多いですねー。
セローの学生さんは、京都から。
カブのおじさんも、なかなか渋い。
標高1200mの不動沢橋の上に並ぶ、困った人たち。
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最高地点の「浄土平」は標高1622m。
山歩きに出発する人が、大勢います。
私も1日歩いてみたいですが、今日はさくっと1時間ほど湿原雪原歩き。
素晴らしい快晴で日焼けしそう。
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下り道で、何やら例のオイルの香り。
猪苗代湖や秋元湖が見える湖見峠1357mで、正体が判明。
なんと、ヤマハTDR250
水冷2ストツインを搭載したデュアルパーパス。
千葉から来たという、お兄ちゃん。
下りきって「五色沼」です。
水に含まれる鉱物によって、色が違って見えるという湖沼群。
メインの「毘沙門沼」側の「裏磐梯ビジターセンター」は大混雑。
反対側の「柳沼」に回れば、さほどの混雑はありません。
こちら側からなら、下り道になりますしね。
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足元は、岩がごつごつ、雪解けでぐちゃぐちゃ。
それなりに支度をしていれば、問題ないレベルではありますが。
それでも片道約3.6km、1時間半くらいはかかります。
昼食休憩の後、同じ道のりを歩いて戻るのは、、、大変。
バスで柳沼に戻ります。
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国道459号で喜多方市へ。
この辺では、まだ染井吉野が咲いています。
鯉のぼりが泳いでいるのは「北塩原村生涯学習センター」
2007年3月に統合され閉校になった、北塩原村立大塩小学校なんですね。
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さーて喜多方市に到着です。
早起きのおかげで、まだ午後3時前です。
宿泊は、1時間ちょっとで行ける福島県内の郡山市。
夕方まで、ゆっくり見て歩きましょう。

続きは後ほど。

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2017年5月 6日 (土)

ゼンマイ油揚げニンジン炒めです(^^)

ゼンマイを頂きました。
ありがたいことに、灰汁抜きをしてあります。
手書きのレシピも付けて下さいました。

それではさっそく。
ニンジンは、細切り。
油揚げは、さっと焼いてから細切り。
ゼンマイは、さっと塩ゆでしてからカット。
ごま油で炒めて、めんつゆをじゃっとかけ回し。
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おっと。
ゼンマイを茹ですぎて、先っちょは、ぐにゃぐにゃ(^^;
軸部分が固いのを気にしたのが、敗因です。
炒める際に軸を先にすれば、それで良かったのに。
とはいえ、春の風味は、充分に味わえました(^^)

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2017年5月 5日 (金)

歩いてきました 埼玉県飯能市「多峯主山・天覧山」その3

2017年4月30日(日)の続きです。

今回のルートは、小学生や高齢者でも大丈夫な、高低差も少ない初心者向けです。
様々なサイトやガイドブックの多くは「反時計回り」を紹介しています。
私は、反対の「時計回り」で回ってみました。
どちらにするかで、かなりの差がありそうに思えました。

例えば「反時計回り」の一例です。
西武鉄道で行くハイキングコース24選
山峡に歴史を訪ねるコース
Hannou_201704_2
飯能駅→能仁寺→天覧山→多峯主山→飯能河原→飯能駅

これが一般的のようですが、結構キツそう。
左下の標高チャートを見るとわかります。
Hannou_201704_3
天覧山の上りの最後、多峯主山に向かう途中、多峯主山の上りの最後、
きつい上りが3回になります。

これを逆に行きますと、まずは150m位まではごく緩やかに歩いてしまいます。
八幡神社までがやや急坂ですが、わずかな区間で済みます。
実際に歩いても、頂上直後の急な下りで「これが上りだと大変だろう」と思いました。
山を下り切った後は、だらだら道もわずかで、ゴール。

という訳で、私が歩いた時計回りを紹介しているのは、こちら。

奥むさし飯能観光協会
山峡に歴史を訪ねるコース
Hannou_201704_1
飯能駅→飯能河原→多峯主山→天覧山→能仁寺→飯能駅

さすがは地元のサイトですね。

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2017年5月 3日 (水)

歩いてきました 埼玉県飯能市「多峯主山・天覧山」その2

2017年4月30日(日)の続きです。

再度少し登ると、天覧山195mです。
山腹には、徳川綱吉の生母桂昌院が奉納したという十六羅漢像
この山は、古くは愛宕山、その後先の羅漢像にちなみ羅漢山、
そして明治16年に明治天皇が軍事演習視察のため登頂した後、
天覧山に改称されたのですって。
埼玉県指定名勝の第1号なんですって。
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へーえ。
ウィキペディアで確認しますと、埼玉県指定文化財のうち、
名勝は以下の7か所でした。
先日の間瀬堰堤もそうですが、意外に感じるところも・・・
 越生梅林(越生町)
 玉淀(寄居町)
 天覧山の勝(飯能市)
 中津峡(秩父市)
 平林寺林泉境内(新座市)
 物見山岩殿山観音の勝(東松山市)
 外秩父丸山の眺望(横瀬町)

話を戻します。
街中に降りてきました。
大変立派な能仁寺
戦国時代の飯能地方の領主、中山家黒田家の菩提寺。
飯能中央公園には、鉄腕アトムの銅像
1983年に飯能青年会議所10周年記念に作られたそうです。
まだ「アニメでまちこおこし」などという話のなかった頃。
先進事例と言うべきでしょうか。
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駅のそばの市街地です。
飯能市指定有形文化財の店蔵絹甚
明治37年に建てられた絹の買継商の建物だそうです。
川越と同じ「うだつ」のある蔵造りの建物。
更に歩くと、おもちゃ屋さんの隣に、飯能織物協同組合の建物。
今も開業している、土肥歯科医院
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というわけです。
小学校低学年の子どもと一緒の方とか。結構年配の方とか。
あまりキツくないですが、素晴らしい眺望も楽しめる。
行き帰りの河原や町中も楽しい、良いコースでした。

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2017年5月 2日 (火)

歩いてきました 埼玉県飯能市「多峯主山・天覧山」

2017年4月30日(日)です。
連休のはじめ、埼玉県の低山を歩いてきました。

ウチからは圏央道で1時間ほどの飯能市です。
まずはウィキペディアの抜粋です。
 飯能市(はんのうし)は、埼玉県の南西にある人口約8万人の市である。
 市内の7割が山野で、南東端に市街地が集中している。
 周辺地域の鉄道や道路の要所でもある。
  面積:193.05km2
  総人口:80,517人(推計人口、2016年10月1日)
  人口密度:417人/km2

ムーミンの「あけぼの公園」、「JIN-仁-」にちなむ本邦帝王切開術発祥之地があったり。
そして今回の山は、アニメと漫画の「ヤマノススメ」の舞台です。
Yamano_201704

飯能駅の駅前には大きな駅ビル「西武飯能ペペ」
商店街には、キャラクターの立て看板やグッズを置く店も。
おっと、本間芽衣子ちゃんかと思ったら、青羽ここなちゃん。
20170430_01

ほんの20分ほどで、気持ちの良い飯能河原です。
ウッドデッキがあって、おしゃれなカフェも出来ているんですね。
20170430_02

御嶽八幡神社の鳥居をくぐって、多峯主山へ。
良く整備された明るい山道。
きつくない坂道を30分足らずで多峯主山頂、標高271m
20170430_03

大変見晴らしが良くて、ベンチもあります。
さいたま新都心、スカイツリー、東京ドーム、富士山。
この季節でもはっきりと見えます。
さーて下りです。結構急な坂で、これは登るとキツそうです。
その後もあまり見晴らしの良くない、単調な下り。
20170430_04

ではここで、昼食休憩です。
続きは後ほど。

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2017年5月 1日 (月)

少しだけ「川越の町歩き」

2017年4月29日(土)の続きです。

古くて小さな映画館「川越スカラ座」のついでに、少し川越の町歩き。
川越城本丸御殿は、歴史の付き具合が素晴らしい。
床なんて、無垢の板がぎしぎし言ってますからね。
こういうのを見てしまいますとね、、、名古屋城の木造復元は、やはりどうかなぁと。
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すぐそばの野球場では、女子プロ野球があったようです。
近くの和菓子屋さんで一休み。
20170429_12

早めのお昼は、お蕎麦。
もとは釣具屋さんだった「銅板建築」の建物です。
壁面全体が、きれいな緑青に覆われています。
今や、残っているだけでも大したもの。
ぜひこのまま残してもらいたいものです。
以前も同じアングルの、レストラン「太陽軒」
次回こそ、ここでお昼にしましょう。
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埼玉県では有名な、弓削多醤油の醤油ソフトクリーム。
リニューアルした時の鐘周辺には、レンタル和服姿の女の子。
帆布のバック屋さんなど、和風テイストのお店がどんどん増えています。
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以前は、愚痴っぽく書いてしまいましたが。
まぁ良いですよね。
先のお蕎麦屋さんのように、古いものを残せるのでしたらね。

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