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2017年6月 8日 (木)

Breva750で「海野宿~無言館~別所温泉~地蔵峠」その4

2017年6月3日(土)の続きです。

私の好きな「地蔵峠」です。
ウォークで何度か通り、大いに気に入って、Breva750でも来ています。

 麓から峠の先の鹿沢温泉までの区間に、百体の観音様がいます。
 江戸末期から明治初期にかけて、湯治に行く人の目印として置かれたそうです。

全部の観音様で停まる訳にも行きません。
横目で眺めながら走るだけでも、楽しいです。
20170603_08

以前は反対側が工事中でしたが、キレイに完成していました。

鹿沢温泉の紅葉館の前には「雪山賛歌」の石碑。
有名な歌は、ここで作られたそうです。
20170603_09

碑文

 雪山讃歌
     西堀栄三郎

 雪よ岩よ われらが宿り
  俺たちゃ 町には
   住めない からに

 山よ さよなら
  ごきげん よろしゅう
   また来る時にも
    笑って おくれ

 雪山讃歌のおこり

 大正15年1月京都帝国大学の山岳部が鹿沢温泉でスキー合宿され
 た。合宿が終ってから後に第1回南極越冬隊長をされた西堀栄三
 郎氏、京大カラコラム遠征隊長となった四手井綱彦氏、アフガニ
 スタン遠征隊を勤めた酒戸弥二郎氏、並びに東大スキー部OB
 でのちにチャチャヌプリ遠征隊長をされた渡辺漸氏の4名にてスキ
 ーで新鹿沢へ下って宿泊されたが翌日天候が崩れ宿に閉じ込めら
 れた。一行は、退屈まぎれに「山岳部の歌」を作ろうと言う事に
 なり、曲をアメリカ民謡「いとしのクレメンタイン」としこれに
 合せて皆で上の句、下の句と持ち寄って作り上げたものであると
 言う。戦後京大山岳部員が当時の資料に記載されていたこの歌を
 寮歌に加え歌われ始めたのが急激に一般にも愛唱されるようにな
 ったが、作者不詳となっていたものを作詩の状況を知った、京大
 教授、桑原武夫氏が作詩は西堀だと著作権の登録をされたもので、
 この印税は同山岳部の活動の大きな資金源となっていると言う。
 「雪よ岩よ」で山を愛するものに親しまれているこの歌こそ粉雪
 舞う鹿沢温泉角間峠付近にぴったりで有り、その自然は今も昭和
 初期と全く変わっていないと思う。今回地元でこれを記念し「雪山
 讃歌の碑」として台字を西堀氏直筆にて鹿沢温泉に建立した。
  昭和57年4月
     群馬県吾妻郡嬬恋村


この説明文、少しは改行に気を遣えばよいのに・・・
そう思いながら眺めていたら。
ブドドド、、、とキャブトンマフラーのサウンドが。
続きは後ほど。

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