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2018年12月20日 (木)

講談日記

ちょっと遅れましたが。12月14日は「赤穂浪士討ち入り」の日です。
元禄15年12月14日、とは言っても旧暦です。
今の暦では、1703年1月30日だそうですが。
まぁそういう細かいことは置いておいて。

10月から、夜の散歩のお供に、毎晩「赤穂義士」の講談を聞いていました。
手持ちのCDやYouTubeなどから、約50本。
人気の演目ですと、演者違いで幾つものパターンが聞けます。

例えば「大高源吾と室井其角 両国橋の出会い」


大高源吾ウィキペディアから抜粋。
 俳人宝井其角とも交流があった。
 討ち入りの前夜、煤払竹売に変装して吉良屋敷を探索していた。
 両国橋のたもとで偶然其角と出会った際、
 「西国へ就職が決まった」と別れの挨拶をした忠雄に対し、
 其角は餞に「年の瀬や水の流れと人の身は」と詠んだ。
 これに対し「あした待たるるその宝船」と返し、
 仇討ち決行をほのめかしたという逸話が残る。

大高源吾の煤払竹売の姿を、変装として扱ったり、本当に窮乏している姿としたり。
室井其角を、立派な人物としたり、落語の熊さん八っつぁんのように描いたり。
いずれにしても、決めのセリフはこれ。
松浦壱岐守が、討ち入り決行を察してひとこと。
 「二百六十余大名旗本八万騎の荒肝寒からしむ事態、出来するやも知れぬ」
こういった定番の聞かせどころが、たまりません。

いよいよ討ち入り。
大高源吾は、吉良邸の隣家で口上を述べます。
演者によって、土屋主税の屋敷だったり、反対側の本多家だったり。
 「我ら同志四十七名、亡き主君の無念を晴らし参らせたく、吉良邸に推参」

隣家の返答も、様々なバリエーション。
 「この塀乗り越えて我が屋敷に入るものあらば、打ち捨ててくれよう」
 「当方より高張数多く差し出し、幾分かのご助力仕ろう」
 「ご不自由な品あれば、蝋燭その他何なりと」


さーて。
討ち入りの日も過ぎました。
今度は落語にしましょう。

笑点でもお馴染みだった、先代の三遊亭圓楽さん。
 宮戸川、紺屋高尾、芝浜、文七元結、浜野矩随、短命、船徳、居残り佐平次、・・・
Enraku_201812

明るく笑わせながらも、心にしみる人情話。
年末年始に、じっくりと(^^)

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