VTRで本庄市児玉町 その2
2022年4月9日(土)の続きです。
旧児玉町内をうろうろ。
まずは「雉岡城跡」です。
15世紀頃に関東管領山内上杉氏によって築城。
鎌倉街道上道と上杉道の分岐点という交通の要衝。
江戸時代の初めに廃城となったそうです。
公園として、きれいに整備されています。
堀割は「花筏」になりかかっています。
伝説の「夜泣き石」の説明看板。
城主の側女お小夜が、城主の奥方の怒りを買い井戸に沈められ殺されてしまった・・・
現物は下の方に見えます。
下りてみましょう。
看板は悲しい伝説とはうらはらに、漫画チックなデザイン。
石の上には、お賽銭でしょう、硬貨が数枚。
奥の方には、コンクリート製の騎馬武者の像。
説明などはありません。
フェンスの向こうはざっくり削られ、埼玉県立児玉高等学校の敷地。
まぁ仕方ないですねぇ。
少し移動します。
「塙保己一記念館」です。
「埼玉三偉人」というのがありまして。
自らの障がいを乗り越えて「群書類従」の編さんなど数多くの偉業を成し遂げた塙保己一。
様々な企業の設立や育成に携わる一方、社会事業にも尽力し、近代日本経済の礎を築いた渋沢栄一。
新たな分野に果敢に挑戦し、日本公認女医第1号となった荻野吟子。
その塙保己一が、ここ埼玉県本庄市児玉町出身。
入場無料。
新しくてきれい。親しみやすい資料展示。
当時盲人に一般的だった「按摩・針・灸」は上達せず、頼み込んで学問の道に進んだ。
ヘレン・ケラーが目標にしていた。
荻野吟子が医学校を卒業しても、女性は医師試験が受けられなかった。
そこで「群書類従」をひもとくと、、、
平安時代の法律解説「令義解」があって、その中に女性医師の規定があったそうで、
これを根拠に交渉し、医師試験が受けられるようになった。
などなど。
子ども向けの伝記でも読んでいるみたい。
「群書類従」です。
解説パネルは木製の浮き彫り。
日本語と英語の音声ガイド付き。
少し移動します。
「塙保己一の生家」です。
国指定史跡。昭和19年指定。
塙保己一の生年が延暦3年(1746年)で、それ以前の建築だそうです。
子孫の方が今でも住んでいるので、外観見学のみ。
「塙保己一公園」
旧宅そばの小さな公園で、ブランコなどの遊具もありました。
お墓と、渋沢栄一題字の「保己一没後百周年記念碑」がありますが。
残念、文章は判読できません。
「児玉町 旧排水塔」
近所にあったので、寄ってみました。
登録有形文化財。
昭和6年に竣工した埼玉県内三番目の近代水道施設。
高さ17.7メートル。
上半分がタンクで、下がポンプ室。
手前の丸窓の部分が階段室。だそうです。
説明看板以外は、特に観光用の整備はされていません。
右わきが地下の集水池らしいですが、老朽化で立ち入り禁止。
というわけです。
私は、学生時代に大学図書館でアルバイトをしていたのですが。
休憩時など、貸出禁止の蔵書も勝手に見られました。
アルバイト仲間の大学院生が「群書類従」に没頭していたのを思い出します。
その彼は、後に大学教授になりました。
私は「復刻版日本文学全集」を、ただ楽しんだだけ・・・
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