タントで榛名山周辺「長野堰用水と長野堰疎水紀功碑」
榛名湖畔です。
のぼり旗が立っています。
「世界かんがい施設遺産」のひとつ「長野堰用水」。
道ばたのちょっとした設備です。
へぇー。
高崎は、川に挟まれながら水の不足する「不毛の台地」だったと。
そこへ榛名湖から水を引いたと。
水路の途中には「榛名白川サイホン」これは「伏越」ですね。
2019年3月29日(金) 見てきました蓮田市周辺「柴山伏越」
その先には「円筒分水堰」もありますね。
そのうち行ってみましょう。
この「世界かんがい施設遺産」 は、日本では農林水産省の所管ですって。
https://www.maff.go.jp/j/nousin/kaigai/ICID/his/his.html
以前行った群馬県小幡「雄川堰」も2014年に登録されていました。
2020年8月11日(火) 歩いてきました 群馬県甘楽町「小幡の街並み」
この時確認した「雄川堰」の肩書(^^;はこうです。
・環境庁水質保全局長「名水百選」認定 1985年
・国土庁長官「水の郷」認定 1995年
・農林水産大臣「疎水百選」認定 2006年
・社団法人土木学会会長「土木学会選奨土木遺産」認定 2010年
・文部科学大臣・農林水産大臣・国土交通大臣「歴史的風致向上計画」認定 2010年
この時には「世界かんがい施設遺産」は、見落としたようです(^^;
次は「長野堰疎水紀功碑」です。
「長野堰用水」のすぐそば、使われていない駐車場の片隅です。
石碑の文字はほとんど読めません。
右脇には、割合新しい看板。
設置者や内容について。
「平成27年1月 長野堰土地改良区 長野堰を語りつぐ会・委員一同」
「濱口富士雄著 群馬の漢文碑(続)より」とあります。
内容です。
長野堰疎水紀功碑 正五位子爵大河内輝耕
群馬縣上野國群馬郡長野堰者引烏川之水自久留馬村至岩鼻
邨長四里許沿堰之地有一市一町七村田畝之數實一千六百六
十餘町民庶之數實四萬八千餘人相傳上野圀守長野康業公之・・・
まだ続きますが、とりあえず。
その後に《書き下ろし》があります。
普通は「小説などを、雑誌連載などをせず直接出版」といった意味ですが、
ここでは「漢文を日本語文法の語順に並び替えた文」という意味ですね。
群馬県上野(こうづけ)の国なる群馬郡の長野堰は、烏川の水を引き、久留馬村より岩鼻邨(村)に至るまで四里許(ばか)りなり。
堰に沿ふ地に一市一町七村有りて、田畝の数は実に一千六百六十余町、民庶の数は実に四万八千余人なり。
相い伝へらく、上野の圀(くに)の守(かみ)長野康業(やすなり)公の創始する所なり、と。
声を出して全文読んでみます。
う~ん、これは良いですねぇ。
このまま全文転記を続けたいですが、気になる点もあります。
國と圀、邨と村はどう違うのか、とか。
時間がかかりそうなので、後日の楽しみとしておきます。
ウィキペディアで少し確認。
この文を書いた「大河内輝耕」は、上野国高崎藩最後の藩主大河内輝声の長男だそうです。
転記の元になった「群馬の漢文碑(続)」の著者「濱口富士雄」は、1949年生まれの漢文学者。
現在、群馬県立女子大学学長だそうです。
「群馬の漢文碑(続)」を、群馬県の図書館の蔵書検索で確認。
県立図書館や幾つかの市立図書館にあるようです。
残念。
埼玉県の図書館検索では見つかりませんでした。
さて。
先を急ぎましょう。
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