ウォーク

2017年7月27日 (木)

スペイドで長野県長野市松代町「六工社跡・松代大本営跡・松代の町並み」その4

2017年7月22日(土)の続きです。

記憶に新しいNHK大河ドラマ「真田丸」
お父さんの草刈正雄と弟の堺雅人は、豊臣方で滅亡。
お兄さん大泉洋は、徳川方として上田から松代に加増を受け移封。
その後、真田家が幕末までこの地を治めたそうです。

有料の見学スポットは、真田宝物館真田邸文武学校
3館通しで入場料500円。

コンクリート製の展示館が「真田宝物館」
赤備の現物とか、甲冑などの試着コーナーとか。
特別展示の「真田の姫たち」は撮影禁止。
おっ。
小松姫の絵があります。
真田信之(信幸)の正室。「真田丸」では吉田羊さん。
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ちょっと余談です。
この方は、わが埼玉県の鴻巣市で亡くなっています。
鴻巣市の勝願寺というお寺に、お墓があります。
ちょうど1年前に一度ご紹介しています。

藩校の「文武学校」
沢山の古い建物が残っているのが、すごい。
昭和期まで、学校として使われていたそうです。
弓道場では、リアルに弓道の練習中。
高くて太い梁、磨き込まれた床。
私の好きな藤沢周平原作の映画「山桜」も、ここでロケがあったそうですが。
どこなのか分からず、残念でした。
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素晴らしい庭園のある「真田邸」
その他、上級藩士の武家屋敷など見どころが沢山。
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2012年に廃線となった長野電鉄屋代線の旧松代駅
大きな「安全」の文字がうっすらと読めます。
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線路だった駐車場を通ると、反対側が松代城址です。
天守閣はありませんが、良く整備されています。
ゆっくり散策したいですが、、、暑すぎです。
ぺたんと平らな「輪郭式平城」で助かりました(^^;
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その他、恩田木工の銅像があった。
小松姫キャラの自販機があったり。
池のコイにエサをあげたり。
ツブれてしまった駐車場があったり(^^;
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良く整備された城下町の風情は良いのですが。
どうにも、暑くてたまりません。
あれ、そう言えば。
この地域、飲食店やコンビニは全くなし。
自販機さえ、ほとんど見かけません。

地元の方が運営する休憩所がありました。
なんと、、、熱いお茶(^^;

そういう外しっぷりも、なんだか面白い(^^;
この近くには、他にも興味深いところが沢山あります。
春か秋に、またゆっくり来てみましょう。

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2017年7月26日 (水)

スペイドで長野県長野市松代町「六工社跡・松代大本営跡・松代の町並み」その3

2017年7月22日(土)の続きです。

前記の通り「松代大本営跡」は大きく三か所に分かれています。
 ・象山地下壕 政府機関、日本放送協会、中央電話局
 ・舞鶴山地下壕 皇居と大本営
 ・皆神山地下壕 備蓄庫

スペイドを出して「舞鶴山地下壕」「皆神山地下壕」に向かいます。
その途中に「六工社跡」があります。
雑草が生い茂った空き地に、立て札があるだけ。
建物がありますが、ごく近年のもののようです。
こちらのサイトでは「えのき茸生産工場が建てられ、その工場も1997年に廃業」とあります。
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ほんの数分で「舞鶴山地下壕」に到着です。
小さな橋の手前に、数台分の駐車場。
入口には「気象庁地震観測所」というプレート。
金網越しにちょっと眺めるだけです。
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狭い坂道を上ると「皆神山地下壕」です。
地下壕につながるコンクリートの建物が、三棟あります。
天皇関係施設、皇后関係施設、宮内庁関係施設として建てられたそうです。
普通の建物に見えますが、天井の厚さ1mなど特別な構造だそうです。
以前は内部見学も出来たそうですが。
残念。今は無人化され、窓越しに中が覗けるだけ(^^;
ガラスが光って撮影不能、代わりに提示物を撮っておきます。
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というわけです。
失礼ながら、その辺どこにでもあるような田舎の村です。

ウィキペディアによると、ここが選定された理由は以下の通り。

 ・本州の陸地の最も幅の広いところにあり、近くに飛行場(長野飛行場)がある。
 ・固い岩盤で掘削に適し、10t爆弾にも耐える。
 ・山に囲まれていて、地下工事をするのに十分な面積を持ち、広い平野がある。
 ・長野県は労働力が豊か。
 ・長野県の人は心が純朴で秘密が守られる。
 ・信州は神州に通じ、品格もある。

軽々な感想は、控えさせて頂きます。

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2017年7月25日 (火)

スペイドで長野県長野市松代町「六工社跡・松代大本営跡・松代の町並み」その2

2017年7月22日(土)です。
群馬のポスターをきっかけに、長野県の松代へ(^^;
埼玉からは、高速道路で約200km、3時間ほどで到着。

まずは「象山神社」にお参り。
裃姿で荒馬を乗りこなす銅像がすごい(^^)
松代藩士で幕末の思想家の佐久間象山を祀った神社です。
一般的には「さくましょうざん」だと思いますが「ぞうざんじんじゃ」なのですね。
NHK「八重の桜」では奥田瑛二、TBS「JIN-仁-」では市村正親が演じていましたっけ。
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さて「松代大本営跡」です。
大きく三か所に分かれています。

 ・象山地下壕 政府機関、日本放送協会、中央電話局
 ・舞鶴山地下壕 皇居と大本営
 ・皆神山地下壕 備蓄庫

スペイドを象山神社駐車場に置かせて頂いて、炎天下をてくてく。
整備された城下町、川沿いののどかな道。

ほんの数分で「松代象山地下壕(ぞうざんちかごう)」に到着です。
以下、長野県のサイトから引用です。

 第二次世界大戦の末期、軍部が本土決戦の最後の拠点として、
 極秘のうちに、大本営、政府各省等をこの地に移すという計画のもとに、
 昭和19年11月11日から翌20年8月15日の終戦の日まで、
 およそ9箇月の間に建設されたもので、突貫工事をもって、
 全工程の約8割が完成しました。

 総延長:5,853.6m
 概算掘削土量:59,635m3
 床面積23,404m2

現在公開されているのは、約500mの区間。
入場無料、駐車場なし、ヘルメット着用で自由見学。

入口両側に石碑。
左は「不戦の近い」長野地区労働組合評議会が建てたもの。
右は「追悼平和祈念碑」松代大本営朝鮮人犠牲者慰霊碑建立実行委員会。

さて内部です。
赤い鉄枠は、後から追加されたもの。
ひんやりと涼しく、温度計は18度でした。
湿気が多く結露している場所もありました。
通路が山の反対側に抜けて、換気も悪くなさそう。
終戦時は一部内装も作られて、戦後の物資不足ですべて搬出したそうです。
入る時には、早朝だったので他の見学はほとんどなし。
その後、10人以上のグループでガイドさんが説明をしていました。
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すぐそばに「もうひとつの歴史館・松代」という展示施設。
入場料大人200円。
公的施設ではなく主体は、「もうひとつの歴史館・松代」運営委員会となっています。
内部は撮影禁止。
掘削機などの現物と共に、詳しい説明パネルが並びます。
計画全体の全体や、徴用工の待遇、慰安婦など、詳しく説明されています。
へぇー。
こんなところで「六工社」の文字が。
倒産後に、女工の娯楽室だった建物が、慰安所として使われたとのこと。
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少し早めですが、近くの「象山亭」で「ざるそばと野菜の串揚げ3本」。
おそはを中盛50g増しにして、1260+170=1430円。

続きは後ほど。

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2017年7月24日 (月)

スペイドで長野県長野市松代町「六工社跡・松代大本営跡・松代の町並み」

JR上野駅ホーム脇に貼られた、群馬県の観光ポスターです。
元ネタは、人気のまんが「お前はまだグンマを知らない」です。
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かわいい女の子が、数人描かれています。
草津温泉の「ゆもみちゃん」は創作のキャラクターでしょうが、
富岡製糸場の「えい」さんは実在します。
以下、ウィキペディアから抜粋。

和田 英(旧姓横田)さん。
・1857年
  信濃国埴科郡松代(現・長野市松代町松代)に松代藩士横田数馬の次女として生まれる。
・1873年
 松代町から英を含む16人が富岡製糸場へ伝習工女として入場する。
・1874年
 富岡製糸場を退場し、長野県埴科郡西條村(現・長野市松代町西条)に建設された
 日本初の民営機械製糸場・六工社の創業に参画するとともに、
  その後も教授として指導的な役割を果たす。

彼女の富岡製糸場での日記が「富岡日記」として、ちくま文庫から出版されています。
著作権切れとして、ネットにも上がっています。
OCRの誤認識もありますが、充分読めます。

製糸場での技能習得はもちろん、日々の暮らしや行事など。
女性らしく、服装や食べ物なども細かく記されていたりして、大変面白く読めます。
というわけで。
絹産業遺産のひとつ、えいさんが活躍した「六工社跡地」を見てきます。
そして。
松代と言えば、第二次大戦末期の「松代大本営跡」
更に江戸時代は、松代藩として「真田丸」の真田家の領地。
他にも見どころたっぷり。

これは行かなくては。
ご報告は、後ほど。

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2017年7月13日 (木)

これは楽しい「雑草手帳」その2

この「雑草手帳」を持って、埼玉県久喜市菖蒲町の「彩め庵」へ。
満席なので受付に名前を書いて、しばらく待ちます。
道路ぱたに、雑草がわさわさ。


おぉ。これは「ギシギシ」と言うのですか。
 奇妙な名前だが由来は不明。
 漢字では「羊蹄」。 ですって。
こちらには「スベリヒユ」が咲いています。
 えぐ味がなく昔からおいしい雑草として有名。
 万葉の時代には「祝い蔓」と呼ばれ縁起物として軒先に飾られた。  へぇー。
待ち時間も退屈しません(^^)
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さて、お昼です。
しその葉を練り込んだ「しそ切りそば」と「二八」そば。
ミニ天ぷらと杏仁豆腐とのセットで1,230円(税別)。

お昼ですからね、揚げたて天ぷら冷たい杏仁は、少なめで充分満足です。
二八そばは、しそ切りそばを食べ終わった後に持って来てくれるのも、嬉しいところ。


ちょっと移動して、近所のラベンダーの公園です。

ラベンダーの間を、ハチがぶんぶん飛び回っています。
それよりも、雑草ですよ。
これは「シロザ」
 縄文時代の遺跡からも見つかる。
 古代ヨーロッパでは野菜として食べられていた。
小さい花は「ヘクソカズラ」
 名前の意味は「屁糞かずら」で、悪臭を放つことから名付けられた。
 花はかわいらしいので「早乙女草」の別名もある。
どなたもご存じ「エノコログサ」
 別名ネコジャラシ。
 ライターで穂をあぶると、粒がポップコーンのようにはじけて、食べることができる。
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いやー、これは楽しい(^^)

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2017年7月11日 (火)

これは楽しい「雑草手帳」

いつでもどこでも、今どきの調べ物はスマホでさくっと。
とは言え、おっさんには画面が小さくて疲れます。
そこで、紙のハンドブックですよ。

「散歩が楽しくなる 雑草手帳」

 出版:東京書籍
 著者:稲垣栄洋
 ISBN:978-4-487-80821-2
 本体価格1,600円
 発売年月:2014-07-22
 体裁:  248頁
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ウチにもコンパクトな草花の本は何冊もありますが。
ずばり雑草と称している、この本は良いですねぇ(^^)

カラフルな部分は帯です。
それを外すと、シンプルなビニールのカバーだけになります。
こういった点も、さすがだなーと思います。

見開きで一つの植物を紹介。
名前の由来や花言葉まで、特徴も詳しく説明されています。

巻末のコラムがまた面白いんです。

 もし、あなたがその小さい花の美しさに気がづき、
 そっと一輪ざしにしたとしたら、
 その野の花はもはや雑草ではないだろう。

 いかに自分が優れた成功者であったとしても、
 状況の異なる次の世代では、同じ方法で成功するとは限らない。
 一つの回答を求めるよりも、常に多様性を維持することが
 大切であることを雑草は知っている。

これはどうも、たまりません。
単なる図鑑ではなく、雑草愛にあふれた一冊です。

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2017年7月 9日 (日)

ちょっと再訪です「群馬県前橋市」

ちょうど一年前の2016年7月18日(日)、前橋市内をぐるぐる歩きました。
その時の、やり残しです。

まずはお団子屋さん「兵六だんご」です。
前回は前を素通りしてしまいました。
すごいですねー、この風情。
今日も店頭には誰もいませんが、声をかけてみます。
ガラスケースには、みたらし団子がひと皿。
奥のテーブルの上に、お赤飯がひとパック。
奥から中年の女性が登場。
聞いてみたら、あんこのお団子も出来るとのこと。
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みたらしとあんこ、どちらも一本52円です。
ずいぶん安いですが、見た感じ少し小さめに思えます。
ここで電卓登場。
例えば、長さが80%であれば、体積は0.8の3乗=0.512。
普通のお団子を一本100円とすれば、大体こんな感じでしょう。
みたらしとあんこ、一度に二本食べて値段も量もちょうど良い。
そんな感じです。
味については、私は特に語る言葉がありません。
柔らかめで、たれがたっぷり、普通に美味しかったです。


次は「臨江閣」です。
 初代群馬県令、楫取素彦の呼びかけで作られた迎賓館。
 2015年のNHK大河ドラマ「花燃ゆ」ゆかりの地ですね。
 井上真央が演じた主人公「文」の再婚相手です。
 ドラマ終了に合わせてか、改装工事中で残念。
 ↑
昨年の文章ですが、ずいぶん以前の話のよう(^^;

工事の覆いも取れて、すっかり完成しているようです。
そばに行ってみると、残念ながら立入禁止のままでした。
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とりあえず外観は見られたので、良しとしましょう。

おまけです。
「お前はまだグンマを知らない」第3巻に出てくる楫取素彦(^^;
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ちょっと懐かしい、「少佐の演説」・・・(^^;

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2017年7月 7日 (金)

歩いてきました「蕨の歴史的喫茶店~川口の歴史的建造物」その4

2017年7月1日(土)の続きです。

最後は「旧鋳物問屋鍋平別邸」です。

母屋は明治時代末期に建てられ、その後何度かの増改築を経て今の姿に。
現在は市に寄付され「川口市母子・父子福祉センター」として使用されているとのこと。
主屋と離れは国の登録有形文化財、第11-0029~0031号。
庭園は川口市の名勝に指定とのこと。
福祉センターとして使用されていない時には、無料で見学可能とのこと。
それでは、事前に電話確認してから行きましょう。
今日は見学可能で、開館時間は午後4時までだそうです。

川口市立文化財センターからは、町なかを歩いて数分で到着です。
普通の住宅街ですが、こんなカンバンもありました。

 当地域は「準工業地域」であり
 なおかつ「特別工業地域」に指定
 されております。多少の塵埃、騒音
 等は、まぬがれませんので、御承知
 下さい。
       周辺工場一同

壁越しに、和洋折衷の外観が見えてきました。
町なかの、ちょっと古びた旧家といった風情です。
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玄関から応接間に案内され、まずは受付簿に記入。
係の方から説明を伺いました。
ここは鋳物問屋の当主が、隠居所として建てたのだそうです。
母屋は、数寄屋風というのでしょう、欄間や書院など凝った作りです。
離れも同様で、雨戸の上の小窓さえ、この通り。
凝った板ガラスが、一枚置きに連動して開くようになっています。
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すごいのがトイレです。
洗面台はカタツムリと紫陽花の意匠。
個室は大理石の床面にステンドグラス。
外から洋風建築に見えた部分は、これだったのですねぇ。
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庭に出てみます。
母屋と離れの渡り廊下の下が、溶岩で飾られたトンネル。
ですが、、、雨がたまって、沢山の蚊がぶんぶん(^^;
そう言えば。
東京上野の旧岩崎邸では、本館と撞球室がトンネルで繋がっていましたっけ。
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全体として、いささか装飾過剰という感じもします。
でも、隠居所ですからね。
お元気な大店の大旦那さま、増改築も楽しみだったのでしょう。

さて帰りましょう。
途中の駐車場には、小さなお社があったり。
立派な三階建ての蔵があったり。
大きな神社は、川口神社。
旧社格は県社で、川口の総鎮守だそうです。
鳥居の柱の裏の文字が消してありました。
良く見ると「太平洋戦争戦勝祈願」と書かれていたようです。
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というわけで。
蕨と川口歩きは、ここまでです。
「旧田中家住宅」は、近年内外装の手入れがされたようでした。
それでも、外壁には一部剥落が見られます。
また、庭木もちょっと伸び放題という感じ。
「旧鋳物問屋鍋平別邸」は、離れの雨戸など、結構傷みが来ています。
予算も限られているでしょうが、なんとか今後も維持管理して貰いたいものです。

それでもね。
閉め切りになっているよりは、ずっと良いですね。
「旧田中家住宅」は結構イベントもあるようです。
また、茶室や日本間は半日3時間わずか4,110円で借りられます。
「旧鋳物問屋鍋平別邸」は、利用は「母子・父子」に限るそうです。
年間で行事計画もあり、見学者も結構いるようです。

いずれの建物も、実用施設として常駐係員がいて「生きている」。
それだけでも、大したものだと思います。

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2017年7月 6日 (木)

歩いてきました「蕨の歴史的喫茶店~川口の歴史的建造物」その3

2017年7月1日(土)の続きです。

旧田中家住宅を出て、国道122号沿いをてくてく。
片側2車線の幹線道路です。
芝川の川面に高層マンションのシルエット。
特に美しい、と言う程ではありません。
マンション脇の植え込みに、古峯神社と一里塚の石碑。
キレイなガラスのコップで、お水が供えられていました。
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着きました。「川口市立文化財センター」です。
まずは周囲をひと回り。
裏に回ると「川口市教育委員会鋳物資料室」という表示。
中をのぞくと、大きな釜などがごろごろと置いてあります。

さて、文化財センターに入ってみます。
入場料100円。見学者は私ひとり。
階段には、過去の洪水の水位を示す表示。
海なし県の埼玉ですが、各地で川の氾濫による被害も多かったようです。
おっと、過去形ではいけませんね。
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二階が展示室です。
歴史民俗と産業の、ふたつのコーナーに分かれています。
藁で作られた、大きな龍など。
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砂型鋳造のベーゴマなど、様々な鋳物製品。
へぇー。
藁で梱包された大きな薄緑の物は、琺瑯の浴槽ですって。
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続きは後ほど。あと一回だけ。

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2017年7月 5日 (水)

歩いてきました「蕨の歴史的喫茶店~川口の歴史的建造物」その2

2017年7月1日(土)の続きです。
埼玉県南部の古い建物を見てきました。

JR京浜東北線でふた駅10分足らず、蕨駅から川口駅に移動します。
川口市は埼玉県の南の端。荒川をはさんで東京都と隣接しています。
荒川岸の良質な川砂や粘土、東京への舟運といった地の利を得て、鋳物産業で栄えた場所です。
昭和37年の映画「キューポラのある街(吉永小百合主演・浦山桐郎監督)」で知られています。
昭和39年の東京オリンピックの聖火台も、ここで作られました。
今は鋳物産業は衰退し、工場跡地がマンションに変わったりしています。

さて駅前です。
コンコースで囲まれた駅前広場。
鋳物工やキューポラの銅像を眺めてから、バスで10分ほど。
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国道122号岩槻街道沿いの「旧田中家住宅」です。
以下、公式サイトより抜粋です。
 旧田中家住宅は大正時代に建設された県下有数の本格的洋風住宅です。
 大正10年(1921)に上棟し大正12年(1923)に竣工した木造煉瓦造三階建の洋館と、
 昭和9年(1934)に増築された和館の他、文庫蔵、茶室、池泉回遊式庭園、煉瓦塀
 により構成されています。

建てたのは、味噌醸造や材木商で財をなした四代目田中德兵衞氏。
(明治8年~昭和22年,1875-1947)
家業のほかに、埼玉味噌醸造組合理事長、南平柳村村長、埼玉県会議員、
貴族院多額納税者議員にも就任したという方。

前置きはこれ位にして。

国道沿いに見える立派な洋館です。
登録有形文化財第11-0097~0100号。入館料200円。
係の方が2人、先客が2~3人。
玄関から上がりますと、立派な上がり框や神棚。
すぐ裏には、金庫や机。
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なるほどこれは素晴らしい。
柱や天井や階段、素人目にも太くて良質な構造材。
ゆがみが無く、まるでつい先日完成したばかりのような精密感。
サンダルでちょっと庭に出てみます。
咲いている花は、アカンサスというそうです。
応接室の天井の照明飾りに描かれている花なのですって。
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3階の広い応接室。
この建物は、昔からの街道沿いです。
当時は荷車や馬車などの往来も多かったでしょう。
3階なら、それらを下に見て眺望が楽しめたのでしょう。
調度品も凝った装飾で素晴らしい。
部屋には出入口がふたつ。
吹き抜けの階段室から見ると、玄関とは別の方に向いています。
お茶や料理を運ぶ、使用人の通路でしょうか。
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和室を眺めたり、窓の外の景色を眺めたり。
煉瓦の壁に日本瓦の和洋折衷。
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一階に戻ります。
奥の和室も大層立派です。
長い廊下の先のトイレも、この通り。
船底天井の広いスペース。
和装のお客さんが袴を脱げるように配慮したのですって。
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厨房です。
この建物は、市民の会合などで借りられるそうです。
そのため、充分な広さのステンレスの厨房が設置されています。
ですが、周囲は昔からの煤けた壁のまま。
へぇー。
扉のある狭い階段もありました。
映画「となりのトトロ」の家の階段みたい。
これなら、まっくろくろすけも、きっと出てきたでしょう。
勝手口の土間から見上げてみます。
階段の反対側に板戸があって、はしごも付いています。
なるほど、これは使用人の居室なのですね。
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こういった歴史的建造物ですと、普通はキレイな部分だけが公開されますよね。
ところがここでは、煤けたお勝手口の様子もしっかり見られます。
こういう所が、面白いですねー。

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