ウォーク

2018年11月 1日 (木)

歩いてきました 府中「大國魂神社~府中競馬場」周辺 その2

2018年10月28日(日)の続きです。

少し戻り「下河原緑道」を歩きます。
ずいぶん真っ直ぐですが、旧国鉄下河原線の鉄道跡だそうです。
このまま行けば、、、先ほどの「中央フリーウェイ」から「ビール工場」(^^;
高速道路や工場まで行ってみたいですが、、、外から眺めても仕方ないですね。
左にそれてJR府中本町駅の南側から、武蔵野線の下をくぐります。
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立派な空中通路が見えました。駅から府中競馬場への専用道路なのですね。
通りには「立小便禁止」という立札。事情は想像がつきますねぇ。

叡光山佛乗院安養寺と本覚山妙光院真如寺。
府中競馬場のすぐそばとは思えないような、静かなお寺です。
真如寺の竹林も良い感じ。
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騒然とした府中競馬場の正門周辺。
ベージュの建物は「馬霊塔」。その脇には馬頭観音。
京王電鉄競馬場線「府中競馬正門前駅」からも立派な専用通路。
へぇ「天皇賞」ですって。私も知っているビッグレース。
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競馬場は行ったことがないので、ちょっと見てみたい気もしますが・・・
帰宅混雑に巻き込まれたら大変そうですので、パスしておきます。

最後に「武蔵国府八幡宮」。
小さなお社に広い杉林。何やらボーイスカウトの活動中。
旧甲州街道に出て、大國魂神社に戻り、JR武蔵野線の府中本町駅へ。
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巨大な競馬場の混雑の様子は、初めて見ました。
すごい見どころはありませんでしたが、のんびりゆったり。
これはこれで、良しということで。

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2018年10月31日 (水)

歩いてきました 府中「大國魂神社~府中競馬場」周辺

2018年10月28日(日)です。

都内歩きですが、これまでは主に台東区・足立区・葛飾区などを歩いていました。
池波正太郎・小松崎茂・寅さん両さんなど、私の好きな物語にまつわる下町です。
最近は少し趣向を変えて、小金井や三鷹など西東京も出かけています。
で、今日は府中に行ってみます。

まずは有名な「大國魂神社」。駅からすぐそこです。
タイミングが良かったのか悪かったのか、七五三で大賑わい。
緋毛氈の腰掛など、あちこちに撮影スポットが用意されています。
おっ。山門や手水舎には牙のある動物の彫刻。
象でしょうか、いやいやーあれは「獏」。
この件は以前、桐生の天満宮に行ったときに調査済です(^^)
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境内末社として「松尾神社」というのがありました。
祭神は、大山咋命(おおやまくいのみこと)。
醸造の守護神で、酒醤油味噌麹などの業者に信仰されているそうです。
で、日本酒とともにサントリービールが奉納されています。
「東京都唯一のビール工場 サントリー武蔵野ビール工場謹製」とありました。
出ましたねぇ(^^)
ユーミンこと荒井由美さんの名曲「中央フリーウェイ」の一節。
 右に見える競馬場 左はビール工場
 この道は まるで滑走路 夜空に続く

旧甲州街道を西に進みます。
府中街道との交差点の高札場跡を眺めたり、古い家を眺めたり。
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「龍門山 等持院 高安寺」へ。
山門には、何体もの天女の彫刻。楽器を弾いているようです。
平等院鳳凰堂の内部にも、このような天女が舞っていましたっけ。
 2015年2月 8日 (日) 京都で寺田屋平等院
山門の表側には仁王像。
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後側が面白いんです。なんと奪衣婆とお地蔵様。
奪衣婆は、三途川で亡者の衣服を剥ぎ取る老婆の鬼。
不思議な組み合わせに感じますが、同じ例を以前見たことがあります。
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本堂裏手には「弁慶硯の井戸」。
解説がありました。
 見性寺と呼ばれた頃の事、義経は兄頼朝の怒りにふれ腰越まで来たが、鎌倉入りは許されなかった。
 やむなく京都へ帰る途中、暫く見性寺に足どめし、弁慶等と赦免祈願のため大般若経を写したという。
 その時裏山から清水を汲み取ったので弁慶硯の井の遺蹟がある。
だそうです・・・

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2018年10月15日 (月)

Breva750で流してきました「太田のさざえ堂~桐生周辺」その2

三連休の二日日、2018年10月7日(日)の続きです。
Breva750で軽く流してきました。

桐生市内をもう少し。
いつもの重要伝統的建造物群保存地区。
有鄰館で少しおみやげ。
桐生天満宮は、七五三やお宮参りで賑わっています。
すぐそばの、いつものベーカリー「レンガ」でパンを買ってと。
イートインではなく、持ち帰りとします。
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桐生の北側の山に向かってみます。
梅田湖という所に行ってみようと思ったのですが。
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更に奥の方で立て札がありました。
短いので全文転記します。
梅田の民話
 千代の滝、千代が渕 <旧山地地区>
 山地(梅田町五丁目あたり)を荒らし回った
山賊から村を救い身をひそめようと渡り始めた
時、この渕に誤って足をすべらせ、あわれ
その滝壺に落ちてしまった千代女。
    梅田地区生涯学習推進委員会
    梅田町自治会連合会
少し下りてみると、なるほどすごい急流が見られました。

これくらいにして戻ります。
誰もいない桐生川ダムの駐車場。
先ほどのパンでお昼にします。
コロッケパン180円。
バターの香りのふっくらパン、ひき肉たっぷりポテトコロッケ。さくさくキャベツ。
あんこベーグル180円。
しっとりしっかりのパン、小豆つぶつぶ食感とわずかに塩味を感じるあんこ。
トンビの声が聞こえる青空。赤い実をつけたハナミズキ。
わずか360円で、大満足(^^)
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梅田大橋から佐野方面へ。
大型車通行困難。
二輪車通行止め
「排気量125cc以上400cc以下の二輪車のみ」ですって。
大型は構わないというのが面白い。
なるほど警告通りに道が荒れてきました。
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栃木県に出て、通りすがりの神社や庚申さまを眺めたり。
もう少し寄りたいところもありましたが、これくらいにしておきます。
休憩した道の駅は「どまんなかたぬま」。
珍しいなまえですが、ウィキペディアでは以下の通り。
 「どまんなか たぬま」という名称は、旧・田沼町が北海道の宗谷岬と鹿児島県の 佐多岬から同じ距離に位置し、日本列島の中心を名乗っていたことに由来する。
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この後、蓬莱山というところに行ってみようと思っていたのですが。
台風の後の山道なので、止めておきました。
というわけで、あまりぱっとしない内容です。
君子(でもないですが)危うきに近寄らず、ということで。

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2018年10月14日 (日)

Breva750で流してきました「太田のさざえ堂~桐生周辺」

三連休の二日日、2018年10月7日(日)です。
Breva750で軽く流してきました。

まずは群馬県太田市の祥寿山曹源寺「さざえ堂」です。
福島県会津若松市の「円通三匝堂」、埼玉県本庄市の「成身院百体観音堂」と共に、三大さざえ堂と言われるようです。
以前行った時は改装中でしたが、今度は中に入ってみましょう。

まずは周辺の様子。
キレイに仕上がった外観。
正面の石塔までケースに入り彩色されています。
広縁の軒下には、木製のプロペラ。
 昭和六年六月十日
 プロペラ 当所 滝川益司 納
 イギリス国製水上機用 中島飛行機製作所で使用
とあります。
20181007_01

観音堂は、拝観料100円。
本庄の観音堂と同じような構造。
外観は二階建てで内部が三階になっています。
キレイに修復され、秩父、坂東、西国の観音札所計百ヵ寺の観音像が並んでいます。
木札などから、昭和初期のもののようです。
ちょっと面白いのが、修復工事中に発見された壁面の落書き。
内部の撮影は遠慮しておきました。
パンフレットはこちら。
Sogenji_201810_1
Sogenji_201810_2

近くの群馬県桐生市に移動しました。
天神様を中心とした伝統的建造物の地域。
近代の繊維産業の隆盛を感じさせる地域。
鉄道の駅を中心として繁栄した地域。
この街の「重心」の変遷が感じられます。

で。今日は昭和の雰囲気を残す街角。
20181007_02

名産忠治漬本舗
http://www.takanowasabi.co.jp/
Chuji_201810
 弊店創業者高野竹松(1888-1962)が現群大工学部の守衛だったころ、
 名物校長西田博太郎博士にヒントを頂き試行錯誤の末独特の味わいを完成させました。
 静岡に次郎長漬がある事と「弱きを助け強きをくじく」国定忠治の生き方に共鳴し
 忠治の眠る養寿寺のご住職に許可を頂き「忠治漬」と命名させて頂きました。
パールヨットのカラーフェルト。
http://www.pearl-yacht.jp/
Pearl_201810
 パールヨット株式会社
 東京都台東区 
 創業昭和6年2月7日
使われていない望楼のある消防施設があったり。
全く同じ形状の望楼が他の場所にもあったり。

近くの雷電神社。
西桐生駅でちょっと休憩。
飲み物は「鉄道むすめ 上毛電気鉄道駅務係 北原ゆうき」の自販機で購入。
おっと。
到着した列車から女子高生が自転車を押して降りてきます(^^)
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桐生市内をもう少し。続きは後ほど。

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2018年10月13日 (土)

歩いて・見てきました「神代植物公園~深大寺」

2018年10月6日(土)。三連休初日の続きの最後です。

神代植物公園と深大寺までは、すぐそこ。
住宅街を歩いていると、何やらすごい看板。
首都防衛高射砲陣地跡
寄ってみたかったですが、老人施設や保育園の敷地内のようです。
後で調べると、事前連絡をすれば見学させてもらえるようです。

深大寺門前には、おそば屋さんが沢山。
かなり遅いお昼は、一番外れの「玉喜」で、おろしそば750円。
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神代植物公園です。
入場料大人500円。
ダリヤ園やバラ園などなど。
杉並木の遊歩道は先日の台風の影響の倒木で立入禁止。
大きな温室では、パパイヤやバナナなどなど。
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無料配布のペーパークラフトは食虫植物(^^;
こういうものが人気なのですね。
色とりどりのベゴニアの中には、秋海棠にそっくりの花も。
ウィキペディアで確認。
 ベゴニア (Begonia) とは、シュウカイドウ科シュウカイドウ属
 (ベゴニア属、学名 Begonia)に属する植物の総称である。
へぇー、そうだったんですか。
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深大寺には、裏の乾門から入ります。
大きな無患子(ムクロジ)の木がありました。
実の種が羽子板の羽に使われたという、あれですね。
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ご朱印を頂いて、高浜虚子の銅像など眺めて。
賑わう参道には鬼太郎茶屋なんていうのもあったり。
さて帰りましょう。
京王電鉄の調布駅まではバスで20分ほど。
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道のりだけなら10㎞ほどですが、歩数計では25000歩・19㎞ほどになりました。
迂回係数1.9。
それだけ見どころが多かった、という事ですね。

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歩いて・見てきました「国立天文台」その2

2018年10月6日(土)。三連休初日の続きです。
三鷹の国立天文台は、次から次に見どころがいっぱい。

国立天文台大赤道儀室
敷地内は林が広がって、公園の歩道のような通路。
1926年(大正15年)に完成。
木製ドーム部分は、造船所の技師の支援を得て造られたとのこと。
65㎝屈折望遠鏡はドイツのカール・ツァイス製。当時の国内最大口径。
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内部は展示室になっています。
ガリレオの望遠鏡の精密復元。
1973年のヒューレット・パッカード10桁関数電卓HP-35。
写真乾板と、移動や変光する星を探す装置。
時間をおいて同じ場所を撮影した2枚の写真を素早く交互に見比べるのだそうです。
ブリンクコンパレーター blink comparator というのですって。
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詳しく書いていてはキリがないので。
少し先を急ぎます。
四角いのは、レプソルド子午儀室。1925年(大正14年)2月28日竣工。
建物自体も、なかなかの見ものです。
半円形は、ゴーチェ子午環室。1924年(大正13年)5月9日竣工。
屋根は南北にだけ開閉。
このゴーチェ子午環は、1903年のフランス製。
子午環とは、子午線上の天体の位置(赤経と赤緯)を精密観測する装置だそうで。
観測する天体の角度を、周囲の円の目盛りを4か所の顕微鏡で撮影する装置だそうです。
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展示室です。
野辺山やハワイの電波望遠鏡の模型など、最新鋭設備の展示。
TMT望遠鏡は、ハワイのマウナケア山頂に建設中の有効口径30mの超大型光学赤外線望遠鏡のこと。
米加中印と日本の5か国共同建設中。
その他、缶バッジなどのガチャガチャや、ペーパークラフトなどなど。
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どこからかの移設でしょうか、電波望遠鏡らしい工事。
50cm公開望遠鏡の脇では、小学生が野球の試合。
タマよけのネットが設置されています(^^)
構内にはカラスウリがぶら下がっていたり、大きなプラタナスがあったり。
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お弁当を持って、ここだけで一日過ごせちゃいますね。
そのうち、前から気になっている野辺山も行ってみなくては。

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2018年10月11日 (木)

歩いて・見てきました「国立天文台」

2018年10月6日(土)。三連休初日の続きです。

大沢の里そばの遊歩道には、くるくる回る水車のある休憩所。
更に川沿いを歩くと、東京大学馬術部の馬場があったり。
府中飛行場の管制塔が見えたり。
寄り道したいですが、ガマンしましょう。
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赤い実が美しいハナミズキの坂道を上って。
着きました。三鷹の国立天文台
受付を済ませて、パンフレットとビジターのシール。
入場無料。
この表門や受付の建物から、もう登録有形文化財なんですね。
受付の門衛所は1924年(大正13年)12月22日竣工。
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登録有形文化財の建物は、以下の10件です。
・国立天文台レプソルド子午儀室(子午儀資料館)
・国立天文台ゴーチェ子午環室
・国立天文台ゴーチェ子午環第一子午線標室
・国立天文台ゴーチェ子午環第二子午線標室
・国立天文台旧図庫及び倉庫(旧図書庫)
・国立天文台門衛所
・国立天文台表門
・国立天文台太陽分光写真儀室(太陽塔望遠鏡・アインシュタイン塔)
・国立天文台大赤道儀室
・国立天文台第一赤道儀室

さて、見てみましょう。
まずは、国立天文台第一赤道儀室
1921年(大正10年)完成、ここでは最も古い観測用建物。
口径20㎝の望遠鏡はドイツのカール・ツァイス製。
1938年(昭和13年)から61年間、太陽黒点のスケッチ観測に活躍。
望遠鏡の架台は「速度調整機構付重錘式時計駆動」。
要は錘を巻き上げて駆動時間わずか1時間半。
そのたびに、こうやって巻き上げるのですって。
説明員のお姉さんが実演。
ここは、組織名称で言えば「大学共同利用機関法人自然科学研究機構」。
この方も、きっとばりばりの理系女子なのでしょう。
いかにも歴史を感じる説明パネルも、たまりません。
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続きは後ほど。

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2018年10月10日 (水)

歩いて・見てきました「大沢の里水車経営農家」

2018年10月6日(土)。三連休初日の続きです。

着きました「大沢の里 水車経営農家」です。

取り急ぎ、三鷹市のホームページでの紹介文。
 文化5(1808)年頃創設された武蔵野地域を代表する営業用水車・新車(しんぐるま)を公開しています。
 敷地を含む全体が東京都指定有形民俗文化財となっており、水車機構は、社団法人日本機械学会によって機械遺産に認定されています。

「水車経営農家」とか「営業用水車」とか、初めて目にする言葉です。
水車を動力として、精米や麦の製粉を請け負う業態のようです。
昭和の初めには、このような水車設備が近隣に何か所もあったそうです。
で、最後に残った、ここ。
近年になり、文化財として修復維持されています。
先に書いたように、この三連休は実際に精米を行う特別公開日。
30分単位で見学予約し、空きがあれば飛び込みも。
後日搗いたお米が貰える引換券付き、およそ一合ほどだそうです(^^;
入場料は普段通りの100円。
まずは母屋などを見学してと。
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その後、スリッパに履き替えて水車のある作業場へ。
頂いた構造図をご報告します。
Suisya_201810

なるほど。
縦に並んだ柱のような部分が、上下動する「杵」です。
お米の入った「搗き臼」は、床と同じ高さなのですね。
現在の回転数は毎分12回転。
野川から引き込んだ水路の流量で調整するそうです。
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水車から、両側に動力が伝達されています。
米の反対側は、麦の製粉装置。
水平回転の「粉挽き臼」から水平往復動「やっこ篩」へ。
柱のような「昇降機」の中には、搬送バケットが内蔵されています。
人力作業が自動化され、著しく生産性が向上したとのこと。
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電動の麦の加工機器。
これらの機械の電源は、工業用の「三相3線式200ボルト」です。
100ボルトの電灯線に遅れて、200ボルトが引かれたのが昭和16年頃とのこと。
すぐに電動が主流になったかというと、そうではなかったようです。
電動装置はパワーも限られるので、少量加工など補助として使われたそうです。
当初は電力供給も安定せず、停電もしばしば。
天井付近にプーリーとベルトがあり、水車からの動力伝達機構がわかります。
一番新しそうな青い機械の銘板は、以下の通り。
 農業機械の種類 もみすり機
 型式名 オータケ FS281
 区分 三菱 MFS281
 発売元 三菱農機株式会社
 製造会社 株式会社大竹製作所
 製造番号 9803613
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メーカーのホームページがありました。
Otake_201810

昭和8年の資料パネルが展示されていました。
当時の主食は麦飯で、大麦と米の比率が7:3。
あぁ、それは結構厳しいですねぇ。
精麦した丸麦は固いので、割麦や押麦で食べていたとのこと。

うーん。これは素晴らしい。
引き込んだ水路の水量調節による回転数制御。
水車の両側に動力軸があり、精米と麦製粉の同時稼働。
回転運動から上下動、水平運動、他の機器への動力伝達。
歯車は「寄せ歯」という細かい部品で構成され、摩耗しても部分修復が可能。
いやー大したものです。
精緻な動力伝達と合理的な加工のシステムが、良く分かります。
当時は大変なハイテク技術だったのでしょう。

大いに感心しつつ、次の歴史的な機械遺産の見学に向かいます。

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2018年10月 9日 (火)

歩いて・見てきました「野川公園~大沢の里水車経営農家」

2018年10月6日(土)。三連休の初日です。

先にルート概要ご紹介。
お遊びで、グーグル地図埋め込みとしてみます。
「その他のオプション」をクリックすると別ウィンドウが開きます。


今日のはじめの見どころは、三鷹市の「大沢の里 水車経営農家」。
この地域を流れる「野川」の水流を活用した水車が、動態保存されています。

水車の復元は、地方の観光地などで良く見ますよね。
ですが、多くは形だけの復元で、水をかけてただ回っているだけ。
実際に機能する水車なんて、見たことがありません。
ところがここでは「動態保存」。
その上、毎年この時期に、実際の精米作業が公開されます。
これは一度は見なくては。

周辺は市街化されて、町を歩いても武蔵野の面影はあまりないでしょう。
一方、水源の「野川」の岸は公園として整備されているようです。
それでは、川沿いを歩いて行ってみましょう。

以前行った「江戸東京たてもの園」と同じ、JR東小金井駅から歩きます。
住宅街を抜けると「武蔵野公園」。
ハナミズキが赤い実をつけています。
流れる「野川」を超える高架を、西武多摩川線が通ります。
お散歩やランの人も結構います。
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ちょっと戻って、川沿いの「野川公園」。
小さい赤い花は「ミズヒキソウ(水引草)」。
緑の粒つぶは「ヘクソカズラ(屁屎葛)」。
自然観察園は、先日の台風の影響で閉鎖中。
大きな柳の木が倒れて、フェンスをなぎ倒していました。
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植物図鑑を開きながら、ぼちぼち。
あちこちにカモがいます。
カモだって様々な種類があるようですが、略。
水中にも何かいるようですが、略。
小さい子どもを遊ばせているお母さんもいたり。
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やはり時間がかかります。続きは後ほど。

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2018年9月21日 (金)

行ってきました「権現堂の曼珠沙華」~「鈴木貫太郎記念館」その3

2018年9月16日(日)。
千葉県野田市の「鈴木貫太郎記念館」の続きです。

入口には大きな記念碑。「為萬世開太平」とあります。
これは「大東亞戰爭終結ノ詔書」ですね。
堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ「萬世ノ爲ニ太平ヲ開カム」ト欲ス
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さて入ってみましょう。
入場無料ですが、結構年季が入っています。
ウィキペディアによれば、1963年開館とのこと。
ロビーには、ソファーとテレビが一台。
映像資料「二・二六事件タカ夫人の証言」が流されています。
あとは各種パンフレットなど。
20180916_16

残念ながら、展示室は撮影禁止です。

絵画は「2・26事件」「最後の御前会議」など。
愛用の遺品や、昭和天皇が着用した子供服など。
先の「大東亞戰爭終結ノ詔書」や玉音放送のLPレコードとか。

特別展示もありました。
「宰相鈴木貫太郎の終戦時心情 -吉田茂・マッカーサー往復書簡から-」
吉田茂の書簡の中で、鈴木貫太郎について触れた文章の紹介。
 負けた以上は、すべてを相手に任せることとして、無条件降伏を受け入れた。
 武士道精神は世界の普遍的な道義として、相手を信頼して任せる。
といった内容でした。

画像が何もないのもつまらないので。
パンフレット裏表です。
Kantatou_201809_1
Kantatou_201809_2

先のテレビ番組の画面です。
20180916_21 20180916_22
20180916_23 20180916_24

というわけで。

映画「日本のいちばん長い日」岡本喜八監督1967年では、笠智衆が演じていました。
どちらかと言えば、三船敏郎演じる阿南惟幾陸相を中心に描かれていたと思います。

私にはちょっとアレと感じた、最近のリメイクでは、山崎努が演じていました。
人物像は、少し違っていたように思います。

改めて2本を見比べてみなくては。

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