ウォーク

2017年8月25日 (金)

行ってきました「萩~津和野」 これで終わりです

山口県萩市です。
人口5万人ほどの、小さな地方都市ですが。
江戸時代は萩城の城下町。長州藩の本拠地。
世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産が4か所。
私の好きな「重要伝統的建造物群保存地区」が市内に4地区。
山縣有朋、木戸孝允、高杉晋作、久坂玄瑞、吉田松陰などの出身地。
群馬県の初代県令の楫取素彦もそうでした。

まずは、松陰神社と松下村塾。
周辺施設は大変きれいですが、松下村塾はかなり痛んでいます。
部分的に補修はされていますが、遠からず全面的な解体修理が必要でしょう。
20170819_11

城下町です。
豪商菊屋家のなまこ壁。
久保田家住宅や木戸孝允の旧宅。
お城に近い地域には、広大な上級武士の家。
少し離れると、それなりの規模の家が並んでいます。
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土塀越しに夏ミカンが見えました。
明治の初めに困窮した士族を救済するために、栽培を奨励したそうです。
ザクロも見えて、ちょっと懐かしい感じ。
町の雰囲気に合わせ、ユニクロやエネオスなどの看板は茶系に統一されています。
小さなバイクショップも、それに合わせていました。
あちこちに銅像が立っています。これは高杉晋作と久坂玄瑞。
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50kmほど移動し、島根県鹿足郡津和野町です。
私の好きな安野光雅、森鴎外、アニメーターの大塚康生などの出身地。
人口わずか7000人ほどの小さな町ですが、いわゆる「小京都」として有名です。

津和野幼稚園となりの津和野カトリック教会。
鯉の泳ぐ堀は、結構濁っています。
2013年の集中豪雨の災害復旧工事の影響だという立て看板。
20170819_14

家老大岡家の門の中に、クラシックな建物。
脇には、国旗や町旗のポール。
ここはなんと、津和野町役場津和野庁舎。
大正8年に鹿足郡役所として建てられた建物を、今でも使っているそうです。
鷺舞の像は、毎年7月20日と7月27日に弥栄神社に奉納される踊り。
少し待って、来ました来ました、C57やまぐち号。
津和野駅を出たばかりで、煙も蒸気も盛大に上がっています。
移動が間に合わず、あまり面白くない真横からの撮影で、ちょっと残念。
20170819_15

うーん。
まだまだ、見どころは尽きないのですが。
仕方ありません。帰りましょう。
山口宇部空港まで80km以上。

今回のルートは、ざっとこんな感じです。
Map_201708

津和野から北に30kmほどで、萩・石見空港というのもありまして。
こちらを起点にすれば、世界遺産の石見銀山に100km。

山口宇部空港を起点にすれば、途中には山口市もあります。
国宝の五重塔がある瑠璃光寺や山口サビエル記念聖堂など。
こちらも、見どころいっぱい。

今回は、前半の宮島などは余裕がありましたが、後半は駆け足気味でした。
いつか改めて、萩・津和野を中心に、じっくりゆっくり再訪したいものです(^^;

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2017年8月24日 (木)

行ってきました「元乃隅稲成神社~金子みすゞ記念館」

今日もまた、早起きで朝一番に目的地に到着。

アメリカのニュース専門放送局CNNの「日本の最も美しい場所31選」というのがありまして。
 2016/06/24
 Japan's 31 Most Beautiful Places by CNN
20170819_01

この中の、Motonosumi Inari Shrine in Nagato, Yamaguchi という場所に行ってきました。
(右が私の撮影です)
山口県長門市にある「元乃隅稲成神社(もとのすみいなりじんじゃ)」です。
ウィキペディアによると、以下の通りです。
 1955年(昭和30年)に、地元の網元の枕元に白狐が現れ「吾をこの地に鎮祭せよ。」
 というお告げがあったことを元に、太皷谷稲成神社(島根県津和野町)から分霊されて建立された。

海の見える岬に赤い鳥居がずらりと並ぶ、珍しい景観。
小さな岬の突端にある、コンクリートで覆われた小さなお社。
社務所も小さくて、ご朱印も「書き置き」でした。
20170819_02

少し離れて鳥居があり、賽銭箱が上の方についています。
そこにお賽銭を投げ入れるという・・・(^^;
こちらも、テレビの「ナニコレ珍百景」で紹介されているそうです。
Nanikore_motonosumi
2009年5月13日放送
 宮司さんいわく、「何かおもしろい事はないかと考えて取り付けた」という
 この賽銭箱、サイズもわざと小さくして入れにくくしているのだそう。

珍百景から7年を経て、国際的に有名な観光スポットに(^^)
朝一番に行ったので空いていましたが、昼間は大混雑するようです。



北浦街道・国道191号線で約20km。
同じ山口県長門市内です。
海沿いの仙崎というところの「金子みすゞ記念館」です。
どなたもご存知でしょう、有名な詩人です。
 すずと、小鳥と、それからわたし、みんなちがって、みんないい。
 浜は祭りの ようだけど 海のなかでは 何萬の 鰮のとむらい するだろう。
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この記念館は、2003年に生家の跡に作られたもの。
古い書店「金子文英堂」は、生家を復元した建物だそうです。
垂れ幕や書棚の本など、細部まで良く出来ています。
奥に展示室や売店があります。
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今は静かな町でしたが、昔は鯨漁で賑わったそうです。

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2017年8月23日 (水)

行ってきました「秋吉台~秋芳洞」

山口県美祢市です。
秋吉台は、日本最大のカルスト台地。
特別天然記念物、国定公園。日本の地質百選。ジオパーク認定。
凄い景色ですねー。
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秋芳洞は、秋吉台の地下にある鍾乳洞。特別天然記念物。
入口のトンネルには、イラスト付き。
約1kmも続く鍾乳洞内の観光路。
いやー、すごい。すごい。
広大な空間にごうごうと川が流れ、次々と様々な奇観。
秩父の橋立鍾乳洞や奥多摩の日原鍾乳洞とは、規模も光景も段違い。
福島のあぶくま洞なら、なんとかタメを張れるでしょうか。
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入り口に並ぶ観光施設。
狭い通路に、レトロなみやげ物店が、ずらり。
名物なのですね、梨と夏みかんのソフトクリーム。
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秋吉台、秋芳洞共に、自然が作り出した奇観です。
秋吉台には、キレイな観光施設が整備されていました。
しゃれたカフェスペースや教育的な展示やパンフレット。
一方、秋芳洞は昭和テイストの土産物店という感じ。
新しくてキレイなら良い、とも言い切れないようにも思います。

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2017年8月22日 (火)

行ってきました「広島~岩国」

さて翌朝です。
静かな広島湾。
山陽本線には、朝から多くの貨物列車。
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朝のうちに、広島平和記念公園へ。
元安川の向こうには、原爆ドーム・旧広島産業奨励館。

朝から大勢の観光客。
海外の方も多く見かけます。
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平和公園レストハウスは、現存する被爆建築物。
大正屋呉服店として「この世界の片隅に」に登場しています。
じっくり聖地巡礼をする気はありませんが、あぁここだ、と、ちょっとした感慨。

広島平和記念資料館は工事中。
資料館内部も撮影可能ですし、周囲は追悼施設も沢山ありますが。
画像や感想は遠慮しておきます。



岩国市に移動です。
50Km足らず。山陽自動車道で1時間ほど。

錦帯橋は、ちょうど中国からの団体客が着いたところ。
バスのそばには、ビデオのカメラマンまで。
その一団が去ると、意外に静かです。
へぇ~。
錦帯橋下の河原を、軽ワゴン車がごとごとと通り抜け。
何か関係者かと思ったら、、、釣りに来た人(^^)
他にも、浮き輪で水遊びの子どもたちがいたり。
有名な観光地ですが、、、地元の方には気楽な遊び場所のようです。
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お昼は、名物の岩国寿司と冷たいうどん。
ぎゅーっと密度の高い押し寿司なんですね。
近隣の街並みには、当地出身の作家、宇野千代の名言があちこちに。

城下町の面影を残す吉香公園を抜けて、岩国城に向かいます。
ボルゾイでしょうか、犬を散歩させている人たち。
ロープウェイで山頂へ。
気持ちの良い散策路が続きます。
お城自体は、コンクリートの再建天守。
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公園には、ソフトクリーム100種類以上というお店がありました。
テレビの「ナニコレ珍百景」で紹介されたのですって(^^)
Nanikore_iwakuni
2009年1月28日放送
 錦帯橋のそばに店を構える「むさし」では、
 なんと100種類ものソフトクリームを販売していた!!
 この「むさし」、向かいで25種類のソフトクリームを販売する
 「小次郎商店」に対抗して100種類のソフトクリームを作り出したとか。

大変有名な橋なので、いかにもな観光地かと思ったら。
コンパクトで気楽な感じの、好ましい場所でした。

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2017年8月21日 (月)

行ってきました「安芸の宮島」

広島県について、ですが。

2017年5月に尾道からしまなみ海道、2015年5月に呉の大和ミュージアムに行ってきました。
また2016年11月には、映画「この世界の片隅に」を見てきました。

となりますと、やはり、落ち着きません。
私が広島平和記念公園に行っても、何がどうなるわけでもないのですが。

というわけで。

2017年8月17日(木)の朝です。
満席のボーイング777-200で、羽田から広島空港へ。
主翼の下に、3つ並んだ細長いものは何でしょう。
これは「フラップ・トラック・フェアリング」と言うのですね。

広島平和記念公園の前に(^^; まずは「安芸の宮島」に直行です。
20170817_01

と言いますのは、お昼頃が干潮なんです。
かの有名な、海上に建つ大鳥居。
干潮の時には、歩いてそばに行けます。
足元には、小さな貝や蟹がいたり。
フジツボの付いた太い柱を、ぺたぺたと触ってきました。
もちろん社殿の下も砂が見えています。
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賑わう表参道を避けて、周辺を歩いてみましょう。
観光客の少ない、紅葉谷公園。

坂の上の五重の塔と豊国神社。いずれも国重要文化財。
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豊国神社は、秀吉の死により未完成のまま。
高い天井、分厚い床板、太い柱。
色あせた様々な奉納額。
豊臣秀吉と加藤清正を祀ってあるそうですが、、、座り込んで休憩所(^^;

紅葉谷公園の奥のロープウェーで、弥山へ。
山頂からは、穏やかな瀬戸内海が一望できます。
20170817_04
夜は、近くのホテルからナイトクルーズ、海上参拝。
ほぼ満潮で、なんと船で鳥居の下をくぐれます。
一応船に賽銭箱があり、一応手を合わせてと。
夜の船上ですからね、撮影画像はブレブレ(^^;

さすがは日本三景のひとつ。世界文化遺産。
国宝や重要文化財指定の建造物群。
加えて、穏やかな公園や街並み。
どこをとっても、見ごたえ充分。

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2017年7月27日 (木)

スペイドで長野県長野市松代町「六工社跡・松代大本営跡・松代の町並み」その4

2017年7月22日(土)の続きです。

記憶に新しいNHK大河ドラマ「真田丸」
お父さんの草刈正雄と弟の堺雅人は、豊臣方で滅亡。
お兄さん大泉洋は、徳川方として上田から松代に加増を受け移封。
その後、真田家が幕末までこの地を治めたそうです。

有料の見学スポットは、真田宝物館真田邸文武学校
3館通しで入場料500円。

コンクリート製の展示館が「真田宝物館」
赤備の現物とか、甲冑などの試着コーナーとか。
特別展示の「真田の姫たち」は撮影禁止。
おっ。
小松姫の絵があります。
真田信之(信幸)の正室。「真田丸」では吉田羊さん。
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ちょっと余談です。
この方は、わが埼玉県の鴻巣市で亡くなっています。
鴻巣市の勝願寺というお寺に、お墓があります。
ちょうど1年前に一度ご紹介しています。

藩校の「文武学校」
沢山の古い建物が残っているのが、すごい。
昭和期まで、学校として使われていたそうです。
弓道場では、リアルに弓道の練習中。
高くて太い梁、磨き込まれた床。
私の好きな藤沢周平原作の映画「山桜」も、ここでロケがあったそうですが。
どこなのか分からず、残念でした。
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素晴らしい庭園のある「真田邸」
その他、上級藩士の武家屋敷など見どころが沢山。
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2012年に廃線となった長野電鉄屋代線の旧松代駅
大きな「安全」の文字がうっすらと読めます。
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線路だった駐車場を通ると、反対側が松代城址です。
天守閣はありませんが、良く整備されています。
ゆっくり散策したいですが、、、暑すぎです。
ぺたんと平らな「輪郭式平城」で助かりました(^^;
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その他、恩田木工の銅像があった。
小松姫キャラの自販機があったり。
池のコイにエサをあげたり。
ツブれてしまった駐車場があったり(^^;
20170722_26

良く整備された城下町の風情は良いのですが。
どうにも、暑くてたまりません。
あれ、そう言えば。
この地域、飲食店やコンビニは全くなし。
自販機さえ、ほとんど見かけません。

地元の方が運営する休憩所がありました。
なんと、、、熱いお茶(^^;

そういう外しっぷりも、なんだか面白い(^^;
この近くには、他にも興味深いところが沢山あります。
春か秋に、またゆっくり来てみましょう。

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2017年7月26日 (水)

スペイドで長野県長野市松代町「六工社跡・松代大本営跡・松代の町並み」その3

2017年7月22日(土)の続きです。

前記の通り「松代大本営跡」は大きく三か所に分かれています。
 ・象山地下壕 政府機関、日本放送協会、中央電話局
 ・舞鶴山地下壕 皇居と大本営
 ・皆神山地下壕 備蓄庫

スペイドを出して「舞鶴山地下壕」「皆神山地下壕」に向かいます。
その途中に「六工社跡」があります。
雑草が生い茂った空き地に、立て札があるだけ。
建物がありますが、ごく近年のもののようです。
こちらのサイトでは「えのき茸生産工場が建てられ、その工場も1997年に廃業」とあります。
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ほんの数分で「舞鶴山地下壕」に到着です。
小さな橋の手前に、数台分の駐車場。
入口には「気象庁地震観測所」というプレート。
金網越しにちょっと眺めるだけです。
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狭い坂道を上ると「皆神山地下壕」です。
地下壕につながるコンクリートの建物が、三棟あります。
天皇関係施設、皇后関係施設、宮内庁関係施設として建てられたそうです。
普通の建物に見えますが、天井の厚さ1mなど特別な構造だそうです。
以前は内部見学も出来たそうですが。
残念。今は無人化され、窓越しに中が覗けるだけ(^^;
ガラスが光って撮影不能、代わりに提示物を撮っておきます。
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というわけです。
失礼ながら、その辺どこにでもあるような田舎の村です。

ウィキペディアによると、ここが選定された理由は以下の通り。

 ・本州の陸地の最も幅の広いところにあり、近くに飛行場(長野飛行場)がある。
 ・固い岩盤で掘削に適し、10t爆弾にも耐える。
 ・山に囲まれていて、地下工事をするのに十分な面積を持ち、広い平野がある。
 ・長野県は労働力が豊か。
 ・長野県の人は心が純朴で秘密が守られる。
 ・信州は神州に通じ、品格もある。

軽々な感想は、控えさせて頂きます。

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2017年7月25日 (火)

スペイドで長野県長野市松代町「六工社跡・松代大本営跡・松代の町並み」その2

2017年7月22日(土)です。
群馬のポスターをきっかけに、長野県の松代へ(^^;
埼玉からは、高速道路で約200km、3時間ほどで到着。

まずは「象山神社」にお参り。
裃姿で荒馬を乗りこなす銅像がすごい(^^)
松代藩士で幕末の思想家の佐久間象山を祀った神社です。
一般的には「さくましょうざん」だと思いますが「ぞうざんじんじゃ」なのですね。
NHK「八重の桜」では奥田瑛二、TBS「JIN-仁-」では市村正親が演じていましたっけ。
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さて「松代大本営跡」です。
大きく三か所に分かれています。

 ・象山地下壕 政府機関、日本放送協会、中央電話局
 ・舞鶴山地下壕 皇居と大本営
 ・皆神山地下壕 備蓄庫

スペイドを象山神社駐車場に置かせて頂いて、炎天下をてくてく。
整備された城下町、川沿いののどかな道。

ほんの数分で「松代象山地下壕(ぞうざんちかごう)」に到着です。
以下、長野県のサイトから引用です。

 第二次世界大戦の末期、軍部が本土決戦の最後の拠点として、
 極秘のうちに、大本営、政府各省等をこの地に移すという計画のもとに、
 昭和19年11月11日から翌20年8月15日の終戦の日まで、
 およそ9箇月の間に建設されたもので、突貫工事をもって、
 全工程の約8割が完成しました。

 総延長:5,853.6m
 概算掘削土量:59,635m3
 床面積23,404m2

現在公開されているのは、約500mの区間。
入場無料、駐車場なし、ヘルメット着用で自由見学。

入口両側に石碑。
左は「不戦の近い」長野地区労働組合評議会が建てたもの。
右は「追悼平和祈念碑」松代大本営朝鮮人犠牲者慰霊碑建立実行委員会。

さて内部です。
赤い鉄枠は、後から追加されたもの。
ひんやりと涼しく、温度計は18度でした。
湿気が多く結露している場所もありました。
通路が山の反対側に抜けて、換気も悪くなさそう。
終戦時は一部内装も作られて、戦後の物資不足ですべて搬出したそうです。
入る時には、早朝だったので他の見学はほとんどなし。
その後、10人以上のグループでガイドさんが説明をしていました。
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すぐそばに「もうひとつの歴史館・松代」という展示施設。
入場料大人200円。
公的施設ではなく主体は、「もうひとつの歴史館・松代」運営委員会となっています。
内部は撮影禁止。
掘削機などの現物と共に、詳しい説明パネルが並びます。
計画全体の全体や、徴用工の待遇、慰安婦など、詳しく説明されています。
へぇー。
こんなところで「六工社」の文字が。
倒産後に、女工の娯楽室だった建物が、慰安所として使われたとのこと。
20170723_04
少し早めですが、近くの「象山亭」で「ざるそばと野菜の串揚げ3本」。
おそはを中盛50g増しにして、1260+170=1430円。

続きは後ほど。

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2017年7月24日 (月)

スペイドで長野県長野市松代町「六工社跡・松代大本営跡・松代の町並み」

JR上野駅ホーム脇に貼られた、群馬県の観光ポスターです。
元ネタは、人気のまんが「お前はまだグンマを知らない」です。
20170723_01

かわいい女の子が、数人描かれています。
草津温泉の「ゆもみちゃん」は創作のキャラクターでしょうが、
富岡製糸場の「えい」さんは実在します。
以下、ウィキペディアから抜粋。

和田 英(旧姓横田)さん。
・1857年
  信濃国埴科郡松代(現・長野市松代町松代)に松代藩士横田数馬の次女として生まれる。
・1873年
 松代町から英を含む16人が富岡製糸場へ伝習工女として入場する。
・1874年
 富岡製糸場を退場し、長野県埴科郡西條村(現・長野市松代町西条)に建設された
 日本初の民営機械製糸場・六工社の創業に参画するとともに、
  その後も教授として指導的な役割を果たす。

彼女の富岡製糸場での日記が「富岡日記」として、ちくま文庫から出版されています。
著作権切れとして、ネットにも上がっています。
OCRの誤認識もありますが、充分読めます。

製糸場での技能習得はもちろん、日々の暮らしや行事など。
女性らしく、服装や食べ物なども細かく記されていたりして、大変面白く読めます。
というわけで。
絹産業遺産のひとつ、えいさんが活躍した「六工社跡地」を見てきます。
そして。
松代と言えば、第二次大戦末期の「松代大本営跡」
更に江戸時代は、松代藩として「真田丸」の真田家の領地。
他にも見どころたっぷり。

これは行かなくては。
ご報告は、後ほど。

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2017年7月13日 (木)

これは楽しい「雑草手帳」その2

この「雑草手帳」を持って、埼玉県久喜市菖蒲町の「彩め庵」へ。
満席なので受付に名前を書いて、しばらく待ちます。
道路ぱたに、雑草がわさわさ。


おぉ。これは「ギシギシ」と言うのですか。
 奇妙な名前だが由来は不明。
 漢字では「羊蹄」。 ですって。
こちらには「スベリヒユ」が咲いています。
 えぐ味がなく昔からおいしい雑草として有名。
 万葉の時代には「祝い蔓」と呼ばれ縁起物として軒先に飾られた。  へぇー。
待ち時間も退屈しません(^^)
20170709_01
さて、お昼です。
しその葉を練り込んだ「しそ切りそば」と「二八」そば。
ミニ天ぷらと杏仁豆腐とのセットで1,230円(税別)。

お昼ですからね、揚げたて天ぷら冷たい杏仁は、少なめで充分満足です。
二八そばは、しそ切りそばを食べ終わった後に持って来てくれるのも、嬉しいところ。


ちょっと移動して、近所のラベンダーの公園です。

ラベンダーの間を、ハチがぶんぶん飛び回っています。
それよりも、雑草ですよ。
これは「シロザ」
 縄文時代の遺跡からも見つかる。
 古代ヨーロッパでは野菜として食べられていた。
小さい花は「ヘクソカズラ」
 名前の意味は「屁糞かずら」で、悪臭を放つことから名付けられた。
 花はかわいらしいので「早乙女草」の別名もある。
どなたもご存じ「エノコログサ」
 別名ネコジャラシ。
 ライターで穂をあぶると、粒がポップコーンのようにはじけて、食べることができる。
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いやー、これは楽しい(^^)

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