ウォーク

2020年7月10日 (金)

森林公園タマゴダケ

国営武蔵丘陵森林公園、通称「森林公園」。

一番おもしろかったのが、タマゴダケ・卵茸

真っ白い鶏の卵のようなもの。
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殻を割ったように、中から丸くて真っ赤な傘が出てきて。
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むくむくと大きくなって。
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茶色になって広がって。
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立派になりました。
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食べても美味しいそうです。

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2020年7月 8日 (水)

埼玉県比企郡滑川町「武蔵丘陵森林公園」です

2020年7月5日(日)です。
梅雨の真っ最中。
九州などでは甚大な被害の大雨です。
私の住む埼玉県でも、この週末も雨模様。

日曜日は昼間は小雨程度で済みそうです。
スペイドで、近所の国営武蔵丘陵森林公園です。

通称「森林公園」。
1974年7月22日に全国初の国営公園として開園。
面積なんと304.0ヘクタール。東京ドームの約65倍。
入場料は大人(高校生以上)450円。中学生以下は無料。
駐車場は普通車650円。二輪車250円。

駐車場は、ちょっと高いですねぇ。
中央口には、民営の駐車場がありますので、そちらがお勧めです。
入口の真正面で普通車300円、すぐ隣で200円。さらに隣は100円。
100円の所でも、入口まで500m足らずです。
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がらーんと空いています。
ちっちゃい子が噴水を眺めていたり。
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セグウェイのガイドツアーが通ったり。
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アジサイ・紫陽花はもちろん満開。
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立派なヤマユリ・山百合がキレイに咲いています。
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おっ。通路脇に植え込みはヒイラギ・柊ですね。
まだ青い実がたくさん。
12月でなくても、ちゃんと存在しているのですね。
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栽培しているわけでゃない雑草も。
名前と花のギャップが楽しい、ヘクソカズラ・屁糞葛
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そろそろ実が付き始めた、ヨウシュヤマゴボウ・洋種山牛蒡
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キリがないので、この辺で。

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2020年6月30日 (火)

VTRで「杉山城跡」

2020年6月26日(金)です。
急に時間が空きました。
天気は薄曇り。予報では、午後は急な雷雨に注意。
VTRで、さくっと近所を回ってきます。

目的地は、埼玉県嵐山町の「杉山城跡」です。
以前ご報告した松山城跡や、流鏑馬のすぐそば菅谷館跡、小倉城跡と共に
「比企城館跡群」として国指定の史跡となっています。

VTRに付けたゴリラナビCN-G530Dに、すぐそばの「玉ノ岡中学校」をセット。
この学校名も、いわくありげな感じ。

途中の道路からの眺めです。
木に覆われた丘が「杉山城跡」のようです。
その右側に「積善寺」「玉ノ岡中学校」が見えます。
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「積善寺」の入り口です。
徒歩ならここから城跡に入れるようですが、専用駐車場はこの先。
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中学校を過ぎて交差点を左折、さらに左に入って駐車場に到着。
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案内図がありました。
なんと、中学校の裏口から敷地内を通るようです。
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体育館や家庭科室の脇を通って。
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到着です。
開けた「東の郭」に、案内図などがありました。
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案内図です。
左の竹やぶは立入禁止。右には桜の木が並んでいます。
その先に、小高くうねった城跡が見えます。
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さて歩いてみます。「外郭 馬出郭口」とあります。
この先に元は橋があり、戦時には橋を落としたのだろうと。
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裏の方にある「井戸跡」
大きな石で覆われています。
今でも一年中水がしみだしており、春には山椒魚の産卵場所になる。
蓋をしたのは、廃城の際に敵方に使われないためと思われる。
なるほど、そうですか。
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城の中心部「本郭(ほんぐるわ)」まで上がってきました。
古い小さなお社、古い案内板と石碑。
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周囲が良く見渡せます。先の中学校が見えます。
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先ほどのお寺の奥なんですね。お墓も並んでいます。
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規模は小さいですが、草刈りなどよく手入れされています。
そして、随所に分かりやすい説明板があります。
最初は、複雑な地形の散歩道程度の気持ちでしたが、
説明を読みながら歩いていると、だんだんその気になってきます。
「ここから攻め込まれたら、こちらから矢を射かけて」なんて。

先の案内図の裏側がベンチになっています。
それ以外には、特に施設はありません。

このような地形は、私にはうまく撮影できませんでした。
ご興味ある方は、公式サイトをご覧ください。
http://ranzan-sugiyama.jp/

大変キレイなホームページですが、、、
COPYRIGHT © SUGIYAMAJO.ALL RIGHTS RESERVED
とあるだけです。
これでは、このホームページの管理主体が誰なのか、分かりませんねぇ・・・

おまけです。
杉山城跡にいた、ショウリョウバッタ(精霊蝗虫)ベニシジミ(紅小灰蝶)
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珍しくもなんともない虫たちですが。




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2020年6月18日 (木)

ちょっと寄り道「熊谷聖パウロ教会」

映画「アルゴ」を見た熊谷イオンシネマから歩いて数分。
「熊谷聖パウロ教会」を眺めてきました。
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建物の煉瓦は、深谷の「焼過煉瓦」ですね。
積み方は「イギリス積み」
長手だけの段と小口だけの段を、交互に積む方式。
なるほど「英国教会」ですからね。

説明は、ごく簡単なもの。
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熊谷で聖公会によってキリスト教の伝導がはじめられたのは、明治15年(1882)ころで、
明治21年には石原町に聖堂が建築されました。
現在の地に聖堂が建ったのは、大正8(1919)年です。
平成17(2005)年には聖堂と門が登録文化財として文化庁に登録されました。
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焼過煉瓦を使用したゴシック様式の礼拝堂で、設計はW・ウィルソン。大正8年竣工。
後に和瓦に葺き替えられた。煉瓦造の門も礼拝堂と同時期に建てられた。
創建時は洋瓦だったが、後に和瓦に葺き替えられた、という意味ですね。

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入口の脇には、聖保羅教會日本聖公會の文字。
聖保羅は、聖パウロ、カトリック教会のことですね。
日本聖公会は、キリスト教のプロテスタント系の一教派。
「英国教会」または「英国国教会」とも訳される。
軽井沢の有名な教会や、立教大学や聖路加国際病院などと、お仲間なんですね。

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門の脇の壁だけ、煉瓦の積み方が違います。
普通に良く見る「長手積み」
後から追加したのでしょう。

門の脇には、ぶどう。
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ネットで検索。
「まことのぶどうの木のたとえ」(ヨハネ15:1~8)の一節。
イエスはぶどうの木、信者はその枝、父なる神は農夫という、たとえ話だそうです。
これにちなんだものでしょうか。

門の脇に咲く白い花は、イワダレソウでしょうか。
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入口の掲示板。
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神は
どのような苦しみのときも
私たちを
慰めてくださいます

神は実にそのひとり子を
お与えになったほどに
世を愛された
それは
御子を信じる者が
ひとりとして
滅びることなく
永遠のいのちを
持つためである

眺めているだけで、ちょっとありがたい気持ちになりますね。


おまけです。
近くのお寺、松岩寺
今月のことば。
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天は
植木も雑木も、
同じように育てる
人は
雑草除して
有用の草木だけを
育てる
 二宮尊徳

ブログで、詳しく解説しています。
松岩寺伝道掲示板から 今月のことば
今月のことばの「植木」を「薬(くすり)」。
「雑草」を「ウィルス」と置きかえて読んでみると、
今の世のありさまをてっとりばやくとらえています。
まぁー、今の段階では、「人は雑草をとり除いて」はいないのですが。

そばの道路わきに、あじさいと六地蔵が並んでいたり。
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立派な山門の熊谷寺があったり。
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ゆっくり歩いてみたいですが。
予報通り雨が降り出してきたので、ここまでにします。

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2020年6月 5日 (金)

VTRで小鹿野詣で その2

帰りは、2017年に延長された皆野秩父バイパスから寄居有料道路。
制限速度60㎞。免停にならない速度域なら、ストレスはありません。
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小休止ポイントその1。
寄居町の鉢形城址
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小休止ポイントその2。
東松山市の将軍塚古墳
前方後円墳ですが、周囲はぎりぎりまで削られています。
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すぐそばの無量寿寺の解説パネル。
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将軍塚古墳の説明板は、色あせて解読不能。
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「前方」の部分には利仁神社
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小さなお社。
更に「後円」部分には忠魂碑が建っています。
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神社の周囲に咲いていた花です。
Google Lens で確認。
オキザリス・トライアングラリス?
そんなシャレたモンではないでしょう。
イモカタバミですね。
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VTRの感想などは、後ほど。

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2020年6月 4日 (木)

VTRで小鹿野詣で

2020年5月31日(日)です。

緊急事態宣言解除を受けて、VTRで少し出かけてみました。
さくっと「バイクで町おこし」の埼玉県小鹿野町です。

立ち寄りスポット秩父高原牧場。入口に向かう道路は通行止め。
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緊急事態宣言ではなく、定峰峠などと同様に昨年の台風19号の被害です。
上の位置から、来た道を振り返ります。
普段は駐車も出来ないポイントでの記念撮影。
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クロスカブCC110の方と世間話。
クルマ用のドライブレコーダーを付けていらっしゃいました。
クラッチレバー台座前の平面部に接着、うまく納まっています。
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例年なら「天空のポピー」が満開なのですが、今年は中止。
その代わり、寄居町方面に下った場所で一面のポピーが見られました。
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小鹿野町に到着。まずは小鹿神社に参拝。
転倒防止のお守りやステッカーも売っています。
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かわいい「顔はめ」の下には、踏み台も置いてありました。
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町中を少し歩きます。
古い「警備詰所」の立派な看板。
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小さな「八坂神社」
春祭りでは、神輿渡御の行列が小鹿神社からここまで歩きます。
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休憩所のポスター。
「クライミングパーク神怡舘」。
以前休止した「埼玉県中国山西省友好記念館」ですね。
人気が出ると良いですが。
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ついでにもうひとつ。
「山登り安全ガイド」
ヤマノススメ サードシーズン
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いつものお土産。
太田甘池堂の羊羹。
ミニサイズの本練・田舎・柚子、どれもひとつ税別220円。
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本練は、白いんげん。
柚子は、本練に柚子の香り。
田舎は、小豆の粒の感触を残した仕上げ。
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三個をそれぞれ三分の一に切って盛り合わせ。
ホテル雅叙園のオミヤゲの黒文字で頂きましょう。
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上品な白いんげんも良いですが。
こってり小豆の粒つぶの感触も嬉しいです。

続きは後ほど。

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2020年5月20日 (水)

ご近所散歩 上尾市向山「向山不動堂」その2

外出自粛の継続中です。
車で買い物に出掛けたついでに、近所のお不動様など少し散歩です。
埼玉県上尾市向山の「向山不動堂」のあと、少し周囲を歩いてみます。

近くにあった庚申塔
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屋根と共にステンレスの立て看板らしいものがありますが。
残念。文字は完全に消えています。

石塔自体も、かなり摩滅していますが。
足元に何かいて、周囲に道具のようなもの。
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これですね。
ウィキペディアから抜粋。
青面金剛
一般には、足元に邪鬼を踏みつけ、六臂(二・四・八臂の場合もある)で法輪・弓・矢・剣・錫杖・ショケラ(人間)を持つ忿怒相で描かれることが多い。

キレイな住宅街に、お地蔵さまと墓地
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「向山共同墓地 整理記念碑」が建っています。
平成五年八月吉日(西暦一九九三年)とあります。
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近くの稲荷神社
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外出自粛の期間ですが、、、広場では、子どもたちがサッカー。
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以前は農村でしたが、近年区画整理が進んだ地域です。
元からの農家や商店と、新しい住宅街が混在しています。

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2020年5月19日 (火)

ご近所散歩 上尾市向山「向山不動堂」

外出自粛の継続中です。
車で買い物に出掛けたついでに、近所のお不動様など少し散歩です。

埼玉県上尾市向山の「向山不動堂」です。
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区画整理の進んだ郊外の住宅街。
大きなヒバの木が見えます。
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案内パネルから一部抜粋。
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 向山不動堂は、明治十年(1877)前後に、旧向山村と近在の人々の寄付によって建立された。
 彫刻は、堂4面のうち3面に施されている。
図柄は、正面向拝部に「鳳凰」「波と千鳥」「獅子と牡丹」「龍」が彫られており、堂の主体部分である身舎には「十六羅漢」を主題として、南壁に五尊、西壁に六尊の羅漢が彫られている。
とのこと。
仏さまの単位は「尊」なのですね。釈迦三尊などとも言いますし。
こちらの「単位辞典」にも出ていました。

十六羅漢、お釈迦様の弟子の中でも特に優秀な人たち。
3年前、飯能市の天覧山で石像をみましたっけ。

さて、お賽銭をしてお不動様に手を合わせてと。
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扉の上には、獅子牡丹
脇には奉納した人の名前も添えてあります。
正面扉には鳳凰。両脇はトサカのある金鶏鳥ですかね。
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思い浮かぶのは、、、
 背中で泣いてる 唐獅子牡丹
 ウルトラQ「鳥を見た」のラルゲユウス
私なんぞ、そんなもんですよ。

さて、十六羅漢です。
向かって左側に五尊。
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真ん中では、虎を連れていたり。明りをかざしていたり。

背面に六尊。
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真ん中では、壺から龍を出しているのでしょうか。

向かって右側には、彫刻は無し。
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十六羅漢ですから、こちらにも五尊彫られるはずだったのでしょう。

天井には立派なの絵が。
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作られて140年ほど。
劣化も少なくて、細部まで良く見られます。

周辺はキレイに掃き清められています。
地域の方に、しっかり守られているのですね。

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2020年5月16日 (土)

ご近所散歩 上尾市二ツ宮「氷川神社」その2

連休中です。
外出自粛を続けてはおりますが。
クルマで買い物に出かけたついでに、神社を散歩してきました。

埼玉県上尾市二ツ宮の氷川神社です。
http://www3.plala.or.jp/hikawa/jinja/top.html

本殿の彫刻が、市指定有形文化財となっています。

まずは拝殿でお参り。
庇は、ごく最近修理したようです。
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さて、裏手の本殿の周囲へ。
うへ。
木が茂っていて、歩くのも大変です。
三面に彫刻の解説パネルがあるのは、ありがたいです。
ステンレス製の立派なものです。平成4年8月とあります。
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先日行った、埼玉県蓮田市高虫の「氷川神社」のような「覆屋」はありません。
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さて、周囲を回ってみます。
向かって右側の解説パネルです。
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・精衛公主(左側の彫刻)
 彫刻は、頭に鳥の宝冠を載せたあでやかな精衛公主と、仙人の輿車に乗った気品のある仙界の女王といわれる西王母との対面の光景です。
精衛公主は、神農民(古い時代の仙人)の娘で、容姿端麗にして絶世の美女でした。ある日、散る花を見て無常を感じ、天に向かって嘆いたところ、西王母が仙人の輿車に乗って多くの侍女とともに姿を現わし、「精衛公主よ、里心を断ち切り、仙宮に来なさい」と告げて姿を隠したといわれています。
・嫦娥公主(右側の彫刻)
 彫刻は、老松に雲を配し、渓流沿いに牡丹を彫り、その上に薬籠を持った玉女(仙人の侍女)と符を持つ童仙とともに、嫦娥公主が昇天しようとしている構図です。
嫦娥公主は、亭主が西王母(仙界の女王)から授かって隠し持っていた不老不死の仙薬を密かに盗みだしては服用し、いつの間にか仙人となり、そのまま月の世界へ飛んで月宮殿の女王となった、幸運の美女といわれています。

ウィキペディアでは、正反対の結末になっています。
嫦娥
嫦娥(じょうが、こうが)は、中国神話に登場する人物。后羿の妻。古くは姮娥(こうが)と表記された。
『淮南子』覧冥訓によれば、もとは仙女だったが地上に下りた際に不死でなくなったため、夫の后羿が西王母からもらい受けた不死の薬を盗んで飲み、月(月宮殿)に逃げ、蟾蜍(ヒキガエル)になったと伝えられる(嫦娥奔月)。

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彫刻の題材は、中国の神話なのですね。
縁の下などの彫刻も大変立派です。
低い位置の彫刻を保護するためでしょう。
階段下には、透明のカバーが付いていました。

裏側の解説パネルです。
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・王方平と麻姑
 彫刻は、老松に満開の桜を配し、下段に老翁の王方平が、仙果を持った玉女(仙人の次女)と如意を持った童仙を連れて立っている構図です。
上段には、若々しい美女の麻姑が、珊瑚の壷を持つ童仙と玉女を従えて現われた姿が彫られています。
麻姑の背面には、宮殿風の建物がありますが、この建物が蔡経の家です。
 仙界の逸材といわれる王方平は、五匹の竜にひかせた羽車に乗り、多くの人々を従えて、蔡経の家に着くと、王方平は麻姑の許へ使者を遣わせました。
やがて、十八、九に見える若くて美しい麻姑が、多くの侍女とともに到着しました。
麻姑が持ってきた御馳走を金の大皿に盛って、酒席が開かれました。
この日、蔡経は、人を救い病を治すことのできる法を伝授されました。
宴が終ると、王方平と麻姑は、乗り物を命じ、行列の支度ができると昇天したといわれています。

ウィキペディアの解説。
麻姑(まこ)は、中国神話に登場する下八洞神仙の一柱仙女である。西晋・東晋時代の葛洪の書『神仙伝』などに記述があり、その容姿は歳の頃18、19の若く美しい娘で、鳥のように長い爪をしているという。また長寿の象徴でもあり、西王母の誕生祝いに麻姑が美酒を贈る「麻姑献寿」は絵画の題材にとられることも多い。

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真ん中の「胴羽目」に比べ、両側の「脇障子」の彫刻は、かなりシンプル。

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向かって左側の解説パネルです。
・黄鶴仙人(左側の彫刻)
 彫刻は、善根を積む業績が認められた黄鶴仙人が、仙界の帝王の宮殿に伺候し、黄帝より仙薬の秘伝を書いた巻物を伝授されて、鶴に乗って下界に下ろうとする構図です。
 黄鶴仙人とは費長房のことです。費長房の仙術の師は壺公です。壺公は、町に出ては薬を売り、その収入を困っている人々に施していました。
費長房は、壺公が凡人でないことを知り、無償で壺公に尽くしました。
壺公は、費長房の誠実さを認めて仙術を伝授して、地上で病を治し諸々の災難を消すことに専念するように申し渡したといわれています。
・応夫人(右側の彫刻)
 彫刻は、堂々たる応夫人と竜です。応夫人は、和楽器を扱う人々の祖神として崇拝されることがありますが、この本殿では、応夫人の琴によって祭神をなぐさめたいという願いがこめられているのでしょう。
 応夫人は、仙界の女王といわれる西王母の侍女で、一絃の琴の名手といわれ、白竜に乗って飛行した仙人です。
応夫人の彫刻は彫工の間で人気があったとみえ、県内の社寺にも点在しています。

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残念ながら、私は中国神話について全く知識がありません。
今後、どこかの神社の彫刻を見た時に、同じようなモチーフが出てくるかも。
その時の参考に、解説文を全文転記しました。

そう言えば。
世界で初めて月の裏側に着陸した中国の無人探査機が「嫦娥4号」でしたっけ。
中国では、このような神話が今もポピュラーなのでしょうかね。
JAXAの月周回衛星が「かぐや」のように。

これ位にしておきます。

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2020年5月15日 (金)

ご近所散歩 上尾市二ツ宮「氷川神社」

連休中です。
外出自粛を続けてはおりますが。
クルマで買い物に出かけたついでに、神社を散歩してきました。

埼玉県上尾市二ツ宮の氷川神社です。
http://www3.plala.or.jp/hikawa/jinja/top.html

本殿の彫刻が、市指定有形文化財となっています。

クルマのすれ違いもきつい位の、古くからの町並みです。
一応参道なのでしょう。鳥居の前だけ、少し広くなっています。
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神社の敷地内には幼稚園。専用の小さな歩道橋まで。
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参道のベンチには「雪印ヨグール」とあります(^^)
岡崎友紀さんがCMに出ていたフルーツヨーグルト。
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きくぐみさんゆりぐみさんの、かわいい野菜畑。
向こうに見えるのは神楽殿でしょうか。
幼稚園の建物と一体化しています。
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小さな「甘藷先生頌徳碑」
青木昆陽のことですね。
 2019年2月3日(日) 行ってきました「目黒不動尊の節分会」その2
ネットで検索してみると、このような頌徳碑は、あちこちにあるようです。
この碑は、材質は石ではないですね。
モルタルで小粒石が露出する「洗い出し仕上げ」と呼ぶのでしょうか。
ちょっと古い建物や門柱などで見かける工法ですね。
文字の部分は、モルタルの地が出ています。
建立年代など分かるかと思い裏側を見ましたが、全く文字は読めません。
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甘藷先生頌徳碑に並んで、牛頭天王、金毘羅大権現、古峯神社、稲荷社など。
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反対側には、豊稔神社と二宮金次郎。
他に昔の上尾町町長の銅像があったり。
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なかなか本殿に行き着きませんが。
続きは後ほど。

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