博物館展示会など

2018年7月14日 (土)

雑考「東武博物館の時刻表」 その2

明治40年8月27日発行の時刻表の続きです。
当時の「候文」は、音読すると良い気持ちです。

右の三駅御通過の切符御所持の御方
は一旦下車し御用辨の上再び御随意
の列車へ御乗車差支無之候

 右の三駅ご通過の切符ご所持のお方は、
 いったん下車し、ごようべんのうえ、再びご随意の
 列車へご乗車さしつかえこれなくそうろう。

用辨(用弁)=用事を済ますこと。 だそうです。

 太田呑龍 御参詣の御方は館林、
福居、足利町の三驛へ御下車御便利
に有之候

 太田呑龍 ご参詣のお方は館林、福居、足利町の
三駅へご下車ご便利にこれありそうろう。

ちょっと引っかかる言葉もありますねぇ。
 御下車=「ごげしゃ」?
 御便利=「ごべんり」?

どちらも、反対語「ご乗車」「ご不便」は、違和感はありません。
それなのに、なぜこちらは使われないのでしょう?
ネットで参考になる記事がありました。


<「ご便利」という丁寧語?>

丁寧語ではありません。

1.「便利」は「簡単」「困難」と同類で、「判断」をあらわす中性的な名詞として使われます。
2.これらの名詞はそれぞれ、「便利な」「簡単な」といった形容詞から派生した名詞ですから、
「ご便利な」「お簡単な」という丁寧語が存在しないように、「ご便利」「ご簡単」という
丁寧語は存在しないのです。

逆の意味の「ご不便」は普通に使いますが、そちらについても説明がありました。

ご不便、ご困難といった判断を表す名詞に「ご」がつくことがありますが、
これは、「不便」「困難」という名詞が、「所有物」「付属物」と考えられているからです。
この時、ご不便、ご困難の「ご」は、相手の持ち物に対する尊敬語となります。
一方「便利」は「便利がある」とは言わず、持ち物ではないので、尊敬語の「ご」もつかないのです。

なるほどねー。

ついでにもう一つ。

やたらについている「御」の読み方です。
えいやっと分類すると、こうでしょうか。

御=「お」または「おん」
 御方×2
御=「ご」
 御通過、御所持、御用辨、御随意、御乗車、御参詣、御下車、御便利

御の読み方の「お」と「ご」の基本は、以下の通りのようです。
 漢語についたら「ご」
 和語についたら「お」

更に。
 漢語は、漢字を音読みする言葉
 和語は、感じを訓読みをす言葉

これを組み合わせますと、こうなりますが・・・
 「ご」=漢語=音読み
 「お」=和語=訓読み

それから「参詣」と「参拝」はどう違う?

これくらいにしておきます。

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2018年7月13日 (金)

雑考「東武博物館の時刻表」

東武博物館に、明治40年8月27日発行の時刻表が展示されていました。
注意書きが面白かったので、メモしました。



乗継驛
 館林 分福茶釜 躑躅岡公園
 加須 不動岡 不動尊御参詣
 西新井 大師御参詣
右の三駅御通過の切符御所持の御方
は一旦下車し御用辨の上再び御随意
の列車へ御乗車差支無之候

 太田呑龍 御参詣の御方は館林、
福居、足利町の三驛へ御下車御便利
に有之候



当時の乗車券は途中下車無効だったのでしょう。
館林、加須、西新井に限り、途中下車可能ですって。

更に、太田の呑龍様。
参詣に便利な駅が挙げられていますが。
距離を確認してみます。
 館林駅から 20㎞
 足利町駅(今の足利市駅)から 9km
 福居駅から 11㎞
うわー。
どこからも遠いですねぇ。

今なら、太田駅から2kmです。
ウィキペディアで確認。
太田駅の開業は1909(明治42)年。
東武伊勢崎線が足利町駅から延伸したそうです。

なるほど。
太田の呑龍様こと大光院の参詣客のための延伸だったのでしょう。
日光や成田や柴又帝釈天などと同じですね。

ローカルで済みませんね。
いずれも北関東では有名なお寺です。

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2018年7月12日 (木)

歩いてきました「浅草~東向島」その4

2018年7月7日(土)の続きです。

東向島駅に戻ります。
高架下にある「東武博物館」。
Tobu_201807_1
Tobu_201807_2

入館料大人200円。
懐かしい感じの蒸気機関車。日光行きの特急「けごん」の客車などなど。
20180707_31

キャブオーバーのバスはキャビンにエンジンのカバーが。
運転席や先頭の客席は、暑くてうるさくて大変だったでしょう。
20180707_32

うわー、乗車券の「硬券」と「鋏痕」のリスト。
昔はよくオミヤゲにしたペナント、ブリキの「けごん」のおもちゃ。
さらに奥の歴史的な物品は、残念ながら撮影禁止。
20180707_33

駅のすぐそばのお店。
一階は石窯のパン屋さん、二階がイタリアン。
地元密着のイタリアン「カフェリストランテTomtom」。
美味しくて量もたっぷり。お値段もリーズナブル。
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2018年7月11日 (水)

歩いてきました「浅草~東向島」その3

すぐ近くのセイコーミュージアムも再訪です。


古代の日時計にはじまる、世界の時計の歴史。
セイコーの時計の歴史。
関東大震災で火災で溶けてしまった時計の塊。
ちょっと懐かしい、普通に売っていた目ざまし時計とか。
贅を尽くした置時計「デコール悠久 AZ301G 2005年」は、税別380万円ですって。
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世界初のテレビ腕時計は、007の映画にも出ましたっけ。
和時計は、東芝の創設者で「からくり儀衛門」こと田中久重の作った「須弥山儀」。
須弥山を中心に周りを月と太陽が回っている、天動説を表現したものですって。
その他、和時計のコレクションや、スポーツ用の計測システム。
20180707_22

どれもこれも、興味は尽きませんが。
Seiko_201807_1

Seiko_201807_2

さーて、もう一か所回ります。

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2018年7月10日 (火)

歩いてきました「浅草~東向島」その2

2018年7月7日(土)の続きです。

浅草から東武スカイツリーラインで、わずか3駅8分。
東向島駅は、1987年までは「玉ノ井駅」。
私の知識では「玉ノ井=赤線」意外は思いつきません。
駅名変更も、無理はないかと思います。

それはさておき。
以前も歩いた通った「都営白鬚東アパート」に向かいます。

駅の脇には「東武博物館」
歩道沿いの電車を眺めて歩きます。
1720系デラックスロマンスカー「けごん」。
2車体3台車連接式という「日光軌道線203」。
明治通り沿いとは思えないような風情の道を抜けてと。
20180707_11

歩いて10分足らず「都営白鬚東アパート」です。
1975年着工、1982年竣工。人口約4,800人、世帯数約2,100。
隅田川沿いに1.2㎞にわたって連なっています。
川沿いの公園を避難場所として、そこを守る「防火壁」としての機能満載。
すべての建物は防火壁で連結されています。
20180707_12

各部屋にはシャッター付き。通路にも大きなゲートがあり、シャッターやスプリンクラー。
各号棟には、赤い「放水銃」まで装備されています。
それも、川側と陸側の両方にありました。
20180707_13

関東大震災では、火災に追われて多くの方が隅田川で亡くなっています。
その隅田川を避難拠点として活用するための設備なのですね。

内閣府 防災情報 白鬚東自治会連合会

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2018年7月 9日 (月)

歩いてきました「浅草~東向島」

2018年7月7日(土)です。

東京オリンピックに向けて、なのでしょう。
東京メトロ銀座線は、駅も車両もキレイになっています。
その中で、今でも昔ながらの風情を残す「浅草地下商店街」
床屋さんカットのみ700円占い師立ち食いうどんディスカウントショップ。
観光地としては、このまま維持するのが良いと思いますけどね。
20180707_01

仲見世のおもちゃ屋さんのウルトラマン。
私の子どものころから、今でも元気に飛んでいます。
浅草寺は、明日から四万六千日の縁日。ほおずき市。
落語の「船徳」のはじまりは、こうです。
 「四万六千日、お暑い盛りでございます」
一瞬で真夏の浅草に引き込まれる、有名なひとこと。
本来は旧暦の7月10日なので、新暦では8月なかばですね。
暦の違いを、温暖化が補正してしまいました(^^;
20180707_02
浅草寺から西に5分ほど歩いたあたりで、偶然発見。
SAMURAI KART ASAKUSA
料金は2時間10000円が、SNSレビューで7,500円ですって。
Samuraikart_201807
サイトの注意書きが面白かったので、転記させて頂きます。

WARNING
「SAMURAI KART」は公道上でゴーカートを運転して観光する、冒険型の健全な観光アクティビティです。
任天堂やゲーム「マリオカート」(Mario Kart)とは無関係で全くの別物です。
ですから、公道上でレースを行うことはできません。
バナナの皮等のゴミを公道に投げ捨てることもできません。
ましてや、赤い亀の甲羅などの物品をお互いに投げ合うこともできません。
SAMURAI KARTでの楽しい体験は、日本での忘れることのできない一生物の思い出になるでしょう。
私たちは、お客様が安全に楽しんでいただけるよう、安全を最優先に運営を行っております。
ご協力に感謝しします。

更に歩いて、目的地に到着です。
「池波正太郎記念文庫」です。
20180707_03
台東区生涯学習センターの中にあります。
昨年のお正月に、前まで来て入りそびれた場所です。
残念ながら、内部は撮影禁止。
書斎の再現展示、愛用の品々、自筆の原稿や絵画などなど。
山口瞳の弔辞の現物など、珍しい読み物も。
もちろん著作もずらり。
特別展で「時代小説展 幕末のヒーローたち」。
こちらも面白そうなものが、いろいろ。
おみやげは「池波正太郎ガイドマップ」1000円。
台東区と周辺のゆかりの地178ポイントが、古地図と現代地図にプロット。
全ポイントを制覇、、、なんて考えない方が良いでしょう。

続きは後ほど。

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2018年6月27日 (水)

見学会に参加「福島第一原子力発電所」その4

バスによる見学の続きです。
東電のサイトの画像をキャプチャして貼り付けます。

敷地全体ですが、地表はすべてコンクリートで覆われています。
表面の土の飛散防止と、雨水が浸透して地下水が増えるのを防止。
Fuku1_201806_17

汚染水タンクです。
画像では、旧型の組み立て式が映っています。
これは水漏れの問題があり、順次溶接式に交換中。
不要になったタンクも汚染物質ですので、分解切断して敷地内で保管。
更に古い、横型のタンクが置かれているのも見えました。
Fuku1_201806_18

そうか、、、タンク自体も汚染物になるのですね。
その他、伐採した樹木などがまとめてカバーしてあったり。
使用済みの汚染された機材の保管庫があったり。
低レベル廃棄物の焼却施設があったり。

とにかく汚染物質は、減容化はしても「保管」するしかないという、当たり前の現実。
海辺の「荷揚げ場」には、巨大なクレーンと大型のトレーラー。
凍土壁などの効果により、現在の汚染水は一日あたり10~20トン。
巨大なタンクは一基100トン。
ほぼ週に一基づつを海上輸送で運んで来て増設、、、だそうです。

見学後に、線量計を回収し、見学者と数値を確認します。
被ばく量は「歯医者のレントゲン以下」の量でした。

来た時のバスで、旧エネルギー館に戻ります。
途中で、こんな建物も見えました。
 JAEA CLADS
 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
 廃炉国際共同研究センター
 〒979-1151 福島県双葉郡富岡町本岡王塚字789-1

これはグーグルマップの画像ですが、これより建物が増えていたと思います。
Fuku1_201806_19

見学会の報告は、以上です。
感想は、、、控えさせていただきます。

この機会にまとめておきます。
これまでの、主な原発関連のご報告は、以下の通りです。

2015年1月31日(土) ボルボV40クロスカントリーで東北へ その4
2014年10月6日(月) 見てきました「柏崎刈羽原子力発電所」その1
2014年10月6日(月) 見てきました「柏崎刈羽原子力発電所」その2
2014年10月6日(月) 見てきました「柏崎刈羽原子力発電所」その3
2013年7月6日(土) 東日本大震災 被災地見学 宮城県石巻市 石ノ森萬画館
2013年7月6日(土) 東日本大震災 被災地見学 石巻市 日和山公園 から 南三陸町 ホテル観洋 へ
2013年7月7日(日) 東日本大震災 被災地見学 南三陸 ホテル観洋 から 気仙沼へ
2013年5月3日(金) 福島県3.11被災地見学

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2018年6月26日 (火)

見学会に参加「福島第一原子力発電所」その3

さて、これからバスでの見学です。
残念ながら、まったく画像がありません。
それではつまらないですよね。
まずは全体図です。
グーグルマップのキャプチャに、当日の説明を書き込んでみました。

Fuku1_201806

以下、見てきた話に合わせ、東電のサイトの画像をキャプチャして貼り付けます。

まずは1~4号機の、廃炉作業の様子です。

4号機
建屋・原子炉ともに無傷。
燃料プールと原子炉内共に燃料取り出しは終了。
Fuku1_201806_11

3号機
建屋屋上に燃料プールの燃料を取り出すクレーンを設置。
ドーム状の部分です。
取り出し作業に向け、建屋の周囲に遮蔽体を設置。
Fuku1_201806_12 Fuku1_201806_13

2号機
建屋の片側に、作業用前室を設置。
巨大なクレーンは、瓦礫の撤去作業用。
燃料プールの燃料の取り出し作業開始は、2023年頃から。
Fuku1_201806_14 Fuku1_201806_15

1号機
建屋も大きく破損しています。
建屋の上のポールは散水装置。
巨大なクレーンは瓦礫の撤去作業用。
周囲のフェンスは瓦礫の飛散防止、といった説明がありました。
Fuku1_201806_16

原形をとどめる燃料プールの燃料取り出しさえ、2023年以降。
3号機~1号機の原子炉本体のデブリの処理は、その後となるそうです。

続きは後ほど。

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2018年6月25日 (月)

見学会に参加「福島第一原子力発電所」その2

さて見学会です。

まずは会議室のような部屋に座ります。
はじめに、運転免許証など身分証明書を一時預けます。
申し込み時の名簿と照合するのでしょう。
その部屋で、見学内容や廃炉作業についての説明。
Fuku1_201806_07

その後、東電の用意したバスに乗り換えて、第一原発に向かいます。
注意事項は以下の通り。

 ・見学中は撮影禁止
 ・スマホやデジカメなどは置いて行く(この部屋は施錠)
 ・服装は長袖長ズボン(半袖の人にはウィンドブレーカーを貸与)

第一原発自体の撮影不可は仕方ありませんが。
途中の道路沿いの光景も撮影できないのは、残念でした。

この国道6号線は、以前も走っています。

「帰還困難区域」は、当然ながら、その時と全く変わっていません。
自動車販売店もラーメン店も電器店も洋服店も、がらんとそのまま。
この光景も撮影されたくないのかな、なんて考えすぎでしょうか。

20分足らずで、福島第一原発に到着です。
入口の建物での入門手続きは、以下の通りです。

 ・身分証明書のコピーと人物をチェックし、ICチップ内蔵の入門証を配布
 ・空港にあるような金属探知機ゲートを通過
 ・二重柵のゲートに入り、入門証のタッチ+暗証番号6桁キーインで反対側の柵が開く
 ・全員に線量計を配布、ちなみに富士電機製
 ・女性には薄いベストを配布

女性のベストの目的は聞きそびれました。
単に、線量計を入れるポケットというだけかも知れません。

入門手続の部屋には「手続時間短縮 目標・・秒」といった貼り紙もありました。
QCサークルのような業務改善活動が行われているようです。

さて、再度バスに乗り込み、構内見学に向かいます。
同行するのは、男性の説明員と補助の女性の二人。
女性は、メガホンのような形をした空間線量計を、ずっと外に向けていました。

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2018年6月24日 (日)

見学会に参加「福島第一原子力発電所」その1

○○協議会、というような団体で福島第一原子力発電所を見学してきました。

そもそも「え、見られるんですか?」という話です。
東電の方の説明は、こうです。

実はかなり以前から、見学を受け入れていたそうです。
ただし対応可能なのは年間1万人ほどで、主に現地の方々が中心だったそうです。
今年度から、これを年間2万人まで対応可能に体制を整備したそうで。
より幅広い見学要請に対応できるようになった、とのこと。

おかげで、私たちのように関東からも申し込めるようになったのでしょう。
とはいえ、個人での申し込みは不可。
団体での申し込みも、慰安旅行のような依頼は、断る場合があるとのこと。


さて当日のご報告です。

まずは関連施設と、その位置関係です。当日資料から抜粋します。
Fuku1_201806_01
・Jビレッジ
 対応拠点として使われていた、サッカーのナショナルトレーニングセンター。
 今年の7月28日から、本来のスポーツ施設として再開するそうです。
・福島第二原子力発電所
 東日本大震災の際は、何とか電源を確保して安全に停止できた。
 現在も停止中。原子炉内の燃料はすべて燃料プールへ移送済み。
・(旧)東京電力福島第二原子力発電所エネルギー館
 全国各地にあったPR施設のひとつ。
 現在は、ここが第一原発の見学者の受け入れ拠点。
・福島第一原子力発電所
 言うまでもないですが。
 東日本大震災で壊滅的な被害を受け廃炉作業中。

関東地方からバスで向かいました。
出発時から、東電の担当者が同乗。
バスの中では、廃炉作業や高レベル放射性廃棄物の地層処分のDVDを視聴。
Fuku1_201806_02

昼過ぎに「(旧)東京電力福島第二原子力発電所エネルギー館」に到着です。
いかにもかわいらしくて、楽しそうな建物。
エジソン、アインシュタイン、キュリー夫人の生家がモデルだそうです。
従来の展示物はありませんが、今でも予約不要で誰でも入れるそうです。
撮影も構わないそうですので、遠慮なく。
廃炉作業の解説パネルや、各種パンフレットなどが見られます。
Fuku1_201806_03 Fuku1_201806_04

昼と夕方のみですが、食堂が営業しているようです。
定食丼ものカレー麺類などが、一律380円ですって。
広い展示スペースは間仕切りでふさがれ、使われていないようです。
Fuku1_201806_05 Fuku1_201806_06

続きは後ほど。

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