埼玉国体

2017年9月 7日 (木)

埼玉国体「レコードの価格」と「国体の花」

埼玉県入間市のホームページから、当時の広報をもう一件。

昭和41年3月1日発行「広報むさし町」です。
埼玉県歌のレコードの種類と値段が分かりました(^^)

Musashimachi_19660301

広報全体のpdfファイルはこちら

・県歌などのレコード発売中
 県歌と県民音頭、県歌と埼玉国体の歌の2種類、
 2枚セットで500円、1枚なら270円。
 3曲入りのソノシートは80円。

他にも、国体関連の記事がいくつか。

・国体マークの使用には許可を
 商業使用の場合は、使用料は売価の五分。

・国体の花きまる
 埼玉国体県民運動推進本部”花で飾る運動部会”で決定
 埼玉国体の花12種類
  キク、マリーゴールド、セトクリセキ、ベゴニヤ、サルビヤ、
  コスモス、キンセンカ、ヒマ、テランセラ、コハマギク、
  アゲラタム、バラ
 準埼玉国体の花12種類
  カンナ、ハゲイトウ、ホウキグサ、ケイトウ、ゼラニウム、
  ダリヤ、ヒヤクニチソウ、トレニヤ、スイート、アツサム、
  コリウスシロクエギク、ホテイソウ

埼玉国体の花12種類では、ネット検索でわからないものがひとつ。
 「セトクリセキ」
準埼玉国体の花12種類では、名前の区切りが違っていそう。
 「スイート」と「アッサム」は「スイート・アリッサム」?
 「コリウスシロクエギク」は「コリウス」と「シロタエギク」?

いずれにしても、24種類とはずいぶん多いですねぇ(^^;

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2017年9月 5日 (火)

埼玉国体「国体県歌の公募」

埼玉国体について、まだ調べています。

当時の情報を探していたら、おいしいデータがありました。
埼玉県入間市のホームページでは、過去の広報誌をすべてpdfで公開。
それも、合併した旧町村の分までという、念の入れよう。
行政として、情報公開に対する真摯な姿勢が素晴らしい。

昭和40年5月1日発行「広報むさし町」です。
Musashimachi_19650501

広報全体のpdfファイルはこちら

町会議員選挙の結果は、住所の部分が伏せられています。
ちゃんとチェックしてから公開していて、さすがです。

この号で、埼玉国体に向けた県歌の募集記事が掲載されていました。

ただいま県歌募集中
 あなたもご応募を
  躍進する埼玉の姿を歌おう

・部門:「県歌」「県民音頭」「埼玉国体の歌」
・締め切り:昭和40年6月10日到着分
・送り先:県庁総務部報道文化課「県民の歌」係
・入選発表:昭和40年7月下旬ごろ
・賞金:採用作各1編30万円、佳作各3編3万円
・作曲・振り付け:専門家に委嘱

埼玉県旗の紹介も載っています。
 埼玉にゆかりの深いまが玉16個を円形に配し
 白地に深紅で染め抜きました。

再掲ですが、先日の「埼玉県行政史第4巻」によりますと、以下の通りです。

・県旗県章 昭和39年8月 デザインは電通。オリンピックに合わせ急ぎ決定。

・県歌・県民音頭・国体の歌できる (P.588~)
 歌詞の公募
 ・受付
  昭和40年4月1日から6月10日まで
 ・応募数
  県歌 546編
  県民音頭 442編
  国体の歌 469編
  総数 1457編(県内1158編、県外299編)
 ・賞金 入選30万円、佳作3万円

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2017年3月19日 (日)

画像を頂きました「埼玉国体の炬火リレーと大会旗リレーのポスター」

なんと、メールで埼玉国体に関する画像を頂きました(^^)
Relay_poster

 炬火は自宅の前を通ったので塀に貼られたものですが
 大会旗は何処からか剥がしてきた物と思われます。

とのことです。

なるほどー。
10月21日16時40分と、通過予定の日時が手書きされていますね。

Nさん、どうもありがとうございます(^^)

そろそろ、まとめに入らなくては・・・

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2017年3月17日 (金)

雑考「埼玉国体のマスゲーム」その7「埼玉国体グラフ」その2

もう少し続きます。

埼玉国体グラフ 第22回国民体育大会
 昭和42年11月21日 発行 定価380円
 埼玉新聞社 浦和市岸町6丁目12番11号

開会式につどう七万余人の選手 役員 大観衆で 若さと熱気にあふれる上尾運動公園競技場
Kokutai_ag_78

ロイヤルボックスでご観覧の天皇 皇后両陛下 手前は高松宮 同妃両殿下
大分県庁を出発2万5,000人の若人の手で41日ぶりに開会式場に到着した大会旗
秋空に色彩の美を描く 二百発の大花火
Kokutai_ag_09

若人の―水の祭典開く
<夏季大会>
Kokutai_ag_10

第22回国民体育大会競技会場配置図
大会旗リレーコース
炬火リレーコース
埼玉県歌
埼玉国体の歌
Kokutai_ag_12

裏表紙の裏です
伝統と産業の街
埼玉国体行田清新の群像
行田市
行田商工会
行田繊維工業協同組合
行田足袋商工協同組合
行田靴下協会
行田サンダル協同組合
埼玉県手縫地下足袋協同組合
Kokutai_ag_13

裏表紙
10月 新社屋完成
世界に伸びる TOHO LACE
糸の芸術《高級レース》を作り続けて45年。
TOHO LACEは、現在ではレースをはじめ、
ジャージィ、トリコットなどあらゆる織物の
生産を手掛けています。《キャミック》は、その
製品すべてにつけられた名称。いまでは日本
はもとより、世界の女性たちから愛され、親し
まれています。新しい社屋完成を機に、社員
一同これからもよりすぐれた、美しい製品を
つくりつづけてゆく気持ちを新たにしています。
取締役社長 三木亦市
本社=中央区日本橋小伝馬町1-2 (661)7660~1・0878
上尾工場=上尾市愛宕3-8-68 上尾(0487)(71)2321-9
Kokutai_ag_14

とりあえず、資料はこれ位にします。
まとめや感想などは、後ほど。

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2017年3月15日 (水)

雑考「埼玉国体のマスゲーム」その7「埼玉国体グラフ」

どなたも全く興味がないのは、重々承知しています。
それでも、まだ続きます。

開会式の様子が、カラーグラビアで見られました。
マスゲームなどの参加者や人数も、断片的ではありますが、記載されています。

白黒の競技の紹介は割愛して、表紙と裏表紙、カラーのページをご報告します。
分量はわずかですので、文字はすべてテキストにします。

前回の「埼玉国体白書」で、生地の質を落として無償支給された、水着同然という、
衣装を着た女子高校生の様子も載っていました。

埼玉国体グラフ 第22回国民体育大会
 昭和42年11月21日 発行 定価380円
 埼玉新聞社 浦和市岸町6丁目12番11号

まずは表紙から。
Kokutai_ag_01

変形A3判です。
表紙の裏の広告は、行田の十万石
お馴染みの、棟方志功の題字。
Kokutai_ag_02

秋空のもと"清新国会"ひらく
天皇陛下ご列席の開会式から始まります。
以下、競技の様子が続きますが、本題から外れますので省略します。
Kokutai_ag_03

以下、中央のカラーページです。
はなやかなページェント<秋季大会開会式>
Kokutai_ag_04

あふれる躍動美
浦和 与野 大宮 上尾 桶川 皆野町の婦人会員 1,140人がおどるはなやかな"埼玉今昔"
会場にこだまする 小学六年生男女3,306人大鼓笛隊演奏"進め埼玉"
大宮 東 植竹 東大成 宮原 日進 大成 上尾中央 大谷 平方 大石 原市 上平 富士見 高砂 別所 谷田 本太 桶川北 桶川南 加納小など22校の児童が出場した

高校女子の ボールとリングのみごとな調和 律動的な青春群像の躍動美

浦和 上尾市内の高校男子1,300人の力強い集団美"躍進"

秩父夜祭の喜びをフィールドいっぱいに描いた"ぼくらのさいたま"
<大宮 東 大宮南 大宮北 桜木 大成 東大成 宮原 植竹 大砂土 上尾 中央 富士見 桶川南 桶川北小学校児童2,500人のにぎやかな演技>
Kokutai_ag_56

続きは後ほど。

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2017年3月 8日 (水)

雑考「埼玉国体のマスゲーム」その6「埼玉国体白書」

どなたも全く興味がないのは、重々承知しています。
それでも、まだ続きます。

県立図書館で資料を借りてきました。

埼玉国体白書 教育現場からの報告
 発行 昭和43年5月10日 第一版発行
 編者 埼玉県高等学校教職員組合
 発行所 労働旬報社
 印刷所 第一印刷株式会社
 定価 380円

当時の高校生の反発の様子を、教職員組合がまとめた本です。
具体的な数値の部分を、拾いだしてみます。

・動員された児童生徒数 小学生2573名、中学生2101名、高校生2877名
・演技時間 14分
・マスゲームの内容
Saitamakokutaihakusyo_1

・某高校での合同練習会参加 20回

・別の某大宮市内の高校が参加を断った理由
 合同練習をする場合、地理的に会場と離れ過ぎている
 男子40名女子10名しか選手になれず、選手以外の生徒が問題になる
 内容が非常に高度である
 体育の時間をつぶしてマス・ゲームはできない

・某高校の練習時間
 入学以来週4時間の体育時間(男子)は、ほとんどマス・ゲームの練習ばかり

・高体連部報7号の記載
 1966(昭和41)年度4~10月の各校男子の練習時間
  最高92時間平均64時間、放課後も平均7.8時間
 1967(昭和42)年度 教育委員会通達(41・教指発第346号)
  どの学校も週1回以上は2年生全体の合同体育時間を設けて練習
 この他に、毎月1回または2回の6校合同練習会
 練習時間はほとんどの高校でほぼ200時間に達した

・埼玉県教組上桶支部(上尾、桶川地区)報告「国体と体育」
 41年度の授業の欠課時数
 小学校で最高180時間・最低100時間、中学校で最高74時間・最低51時間
 (42年度の事例のページ)
Saitamakokutaihakusyo_2

・国体100日前リハーサル 7月18日
 朝日新聞(7月19日)
 マス・ゲーム、民謡などに動員された120人が日射病で倒れ応急手当てを受けた
 小学生5900人、中学生2000人など計12000人が参加

・総合練習会 10月1日
 朝日新聞(10月2日)
 見出し「また140人倒れる。頭をかかえる関係者」

・ユニホーム
 当初は半額を生徒負担の計画だったが、反対があり生地の質を落として無償支給
 高校女子のユニホームは、スカイブルーの水着同然
 運動靴は300円全額負担

・閉会式当日 10月27日
 土砂降りで、マス・ゲームは中止
 決定が遅れて、出発してしまった学校もあった

・開会式の高校生
 いくつかのグループが、わざとチグハグな動きをしたり、ふざけた態度を見せた。
 スタンドで見守っていた体協関係者は、『高校生の反抗的な態度の表れだ。
 (略)と憤慨にたえぬ顔だった」と朝日新聞は報じています。 とのこと。

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2017年2月26日 (日)

雑考「埼玉国体のマスゲーム」その5「埼玉県行政史第4巻」

埼玉国体は、まだまだ続きます。

県立図書館で資料を借りてきました。
「埼玉県行政史 第4巻 開発の時代から福祉優先への軌跡」です。

Saitama_gyouseisi4

分かったことをメモします。

県歌・県民音頭・国体の歌できる (P.588~)
歌詞の公募
 ・受付
  昭和40年4月1日から6月10日まで
 ・応募数
  県歌 546編
  県民音頭 442編
  国体の歌 469編
  総数 1457編(県内1158編、県外299編)
 ・賞金 入選30万円、佳作3万円

ついでに。
この時期に、その他のシンボルも次々決定。

・県旗県章 昭和39年8月 デザインは電通。オリンピックに合わせ急ぎ決定。
・県民の鳥 昭和40年12月 投票をもとに決定。
・県の木  昭和41年9月 公募結果を協議して決定。

国体招致の課題 (P.565~)

 ・急激な都市化からくる交通問題
 ・埼玉都民といわれる県民意識の低い県南住民に対する郷土意識高揚策
 ・温泉などの観光地に恵まれないことからの宿泊施設の不足

 ・上尾運動公園の落成 昭和42年5月(県農業試験場の跡地だった)
 ・選手村完成 昭和42年10月 22棟550戸(3DK350戸、3K90戸、2DK110戸)
  国体終了後は住宅公団の住宅団地に転用

さて、本題のマスゲームについての記述です。

秋季大会開幕 (P.570~)

 ・昭和42年10月22日から27日までの6日間
 ・開会式は、、、11時40分から開始の集団演技が雰囲気を盛り上げる
 ・12時30分吹奏楽団の入場で開会式開始

開会式のマスゲームと鼓笛隊の記述は、これだけでした・・・(^^;


おまけです。
色々と面白いことが分かるのですが、記念行事関連だけメモします。

埼玉百年と文化振興 (P.582~)

昭和46年11月が「埼玉百年」。

 ・さいたま水上公園 昭和46年7月
 ・県立博物館 昭和46年11月
 ・県の花選定 昭和46年10月

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Gyouseisi_42
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2017年2月19日 (日)

雑考「埼玉国体のマスゲーム」その4

まだ続きます「埼玉国体のマスゲーム」。

埼玉国体のマスゲームと鼓笛隊に関する、ネット上の個人の思い出を拾い集めてみました。
更に探すと、国会の議事録や大学の研究論文も見つかります。

・マスゲームに参加した浦和西高校の2年生
 相当な反発があり、当日もやる気なしの者がいた
・新聞記事にもなり、国会でも取り上げられた
・国体をスポーツや音楽の振興機会とするのは、当時の全国的な風潮
・テーマ曲は、忘れ去られる事例が多い


第056回国会 文教委員会 第6号 昭和42年11月22日

○斉藤(正)委員
これは新聞の記事でありますけれども、浦和西高校の先生の談話が出ておったわけでありますが、
国体初日のわずか十分間の出場のために、五百人の二年生全員が一年間マスゲームばっかりやっておって、
鉄棒も飛び箱も球技も何も教えてもらわなかった、こういうような事実がある。
○赤石説明員 
一応私どもの調べたところによりますと、学校の正科体育を全然やらずにマスゲームだけを
やったということは、これはいささかその新聞記事が誇張して報道しておるのでは
なかろうかと考えております。
○剱木国務大臣 
マスゲームにつきましては、実はその場で感じたことでございますが、
やはり中に参加意欲というものにつきまして多少疑問を持たれるような者が
一部にまじっておったということを見ました。


一橋大学機関リポジトリ
本学紀要論文 > 研究年報(一橋大学スポーツ科学研究室) > 2001年 >
埼玉県浦和市のスポーツ行政 内海和雄

埼玉県浦和市のスポーツ行政
64年の東京オリンピックでは聖火が浦和市を通過し、オリンピック意識を高めた。
そして、67年にはオリンピックの余韻も未だ強く、また国民のスポーツ要求が
一段と高くなる中で、埼玉国体が開催された。
浦和市はサッカー、ハンドボール、馬術、野球の会場となり、サッカー会場として、
駒場運動公園(サッカー場)が建設された。
国体はこの頃開会式のマスゲームへの生徒の長期動員が多くの問題を引き起こし、
『埼玉国体黒書』のような批判も現れていた。


国立情報学研究所 - 日本の論文検索
成城大学経済研究 (202), 315-359, 2013-12
国民体育大会におけるレガシーと「地方」阿部勘一

昭和30~40年代頃に,県民歌を新たに制定する,あるいは制定し直す
契機として国民体育大会があったことは,注目すべきことであろう。
例えば,埼玉県は,1965(昭和40)年に,1967年に開催される
国民体育大会に合わせるようにして,『埼玉国体の歌』と『埼玉県民音頭』
の選定と共に,『埼玉県歌』の制定をしている。
(略)
これは,「中央」が,「「地方」はご当地ソングを作るのがよい」と
指導した結果行われたものではない。
各都道府県が,自らの意思で制定したものである。

開会式や閉会式で演奏するのは,主に開催地の学校の鼓笛隊や吹奏楽部,
合唱部の児童,生徒達である。「地方」には,スポーツもさることながら,
音楽を学ぶ環境とそれを支える人材が,昔も今も乏しい面がある。
(略)
そこで,国民体育大会における音楽隊の編成を契機に,鼓笛隊,吹奏楽,
合唱などの活動を活性化させようとしたのである。

これらの楽曲がデッドストックのようになっているのはもったいないことである。
先にも述べたように,イメージソングは,レコードやソノシート,カセット,
CD などの形で頒布されている。
(略)
これらの媒体にかんする情報もほとんど知られることはなく,
都道府県の図書館に郷土資料として所蔵されているもの以外に,CD はお
ろか楽曲の存在を知る手段がほとんどないのが現状である。

当時のテーマ曲リストが面白いので、表として引用です。
Kokutai_uta_1
最近は、こんな感じ。
Kokutai_uta_2

「埼玉国体音頭」は、作詞作曲者が・・・「?」
これは「埼玉県民音頭」の間違いですね。
いずれにしても、情報が乏しいのは同じですが。

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2017年2月16日 (木)

雑考「埼玉国体のマスゲーム」その3

まだ続きます。鼓笛隊について。

のもさんから、コメントを頂きました。
開会式には、マスゲームだけでなく鼓笛隊もあったのですね。
こちらも、ざっとネット検索してみました。

 ・小学6年生が出場
 ・練習は小学4年生の時から2年半
 ・参加は3000人余り
 ・上尾市内、大宮市大成小が参加

私のブログに頂いたコメントです。
投稿:のも さん | 2017年2月13日 (月) 09時07分

こんにちは缶コーヒーさん。
埼玉国体、私の世代は開会式に鼓笛隊で演奏しました。
四年生から六年生の2年半練習させられましたよ。
同時期に上尾市歌や上尾音頭も作られました。
上尾と北上尾の発車メロディが上尾市歌です。

全体研ニュース N0.106
全国体育学習研究会 2008-10
大会事務局から 大宮へようこそ 東京大会事務局長 渡邊 朋久 (埼玉)

メイン会場は上尾市の運動公園陸上競技場でした。
当時私は小学校6年生で、開会式で催された近隣市町村の
小学生3000人余りによる鼓笛パレードの一員でした。
来る日も来る日も授業そっちのけで競技場までバスで行って
練習したことを覚えています。
開催県が余りにも派手に取り組みすぎる国体のあり方について、
物議をかもした大会でした。

大地丙太郎WEB
やっぱり私の人生ギャグだった

その頃、埼玉県の大成小学校で、大地は来る埼玉国体のために日夜鼓笛隊の練習にいそしんでいた。
間に合わせるように作った大成小学校校歌や埼玉県歌を毎日特訓していた。

お出かけチーママ
体育の日は体を動かし~ 2009-10-13

がんばる 小学生鼓笛隊 を見ていて感動よ
埼玉国体開会式で 小6 の私たちが、ここ競技場で
鼓笛隊参加したことを思い出した
当日、歩いて向かう私たちに美智子様が手を振ってくれた
ミニスカート・開襟シャツ・ベレー帽・赤い縦笛 が配られ
小4からの練習は、市内の小学校や隣の競輪場を使い
隣の市町も巻き込み、大がかりな演奏だった

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2017年2月15日 (水)

雑考「埼玉国体のマスゲーム」その2

まだ「埼玉国体のマスゲーム」を続けます。

ネット上で情報収集してみました。
個人の思い出が、わずかにヒットする程度です。
それらのサイトの記述をまとめてみます。

 ・出演したのは、高校2年、中学2年、小学4年生
 ・前の年から、体育の授業はこれの練習ばかり
 ・小学5年生は、練習だけして本番参加はなし
 ・浦和西高では、ボイコット騒ぎまで起きた

以下、失礼して、各サイトの記述を無断抜粋します。

ぼくらの60’s & 70’s・・・そして今。
北京オリンピックの開会式と埼玉国体のマスゲーム 2008/8/18(月)
(当時の浦和西高でのエピソード)
1967年に開かれた埼玉国体だった。
僕らの先輩たちは、埼玉国体開催の前年に入学した1年生、500人が
強制的に国体のセレモニーとして、このマスゲームに参加させられたのだった。

当初、開催地の上尾高校と、上尾に近い大宮高校がマスゲームの担当校として
県から割り当てられたのだったが、頭のいい大宮高校(の校長)は、いち早く辞退をしたのだという。
そこで次に近い県立高校の浦和西高におはちが回ってきたのだった。

1年間の体育の授業はすべて、マスゲームのための練習に潰され、奴隷のごとく、
体育教師の言いなりに動かされたという。
その間、楽しいサッカーも、水泳も柔道もいっさい教わることなく、
ただひたすらにサルのごとく、マス、マス、マス・・・の練習だったらしい。

当然、西高生がおとなしくしているはずはない。
返上のお願いから、校長に抗議、そしてボイコットだのと、かなりな抵抗をしたらしい。
その騒動は、新聞にも取り上げられ、国会の文教委員会でも問題にされたくらいだ。

上尾ロータリークラブ週報 第2579回例会 2015.2.12
『自分史』
上尾中学で2年の時には埼玉国体があり、入学時から毎日
マスゲームの練習をしていました。
国体の時に上尾運動競技場で天皇陛下の前でマスゲームを披露しました。

(はたけやま清彦 前埼玉県議会議員 昭和31年6月20日)
週刊はたけっち 2004年10月25日号 vol.1 
37年前、私が小学校5年生の時にも「埼玉国体」が開かれましたが、
そのときはあまりいい思い出がありません。
(マスゲームの練習だけさせられ本番には出られなかったことだけいまだに覚えています)

浦和 古本屋 金木書店だより
私のまわりでの「埼玉が燃えた時」2013年01月12日11:41
 ②埼玉国体(昭42)
上尾をメイン会場にして「埼玉国体」が行われました。
私は小6で、「埼玉県歌」と「若い力」を良く歌いました。今でも歌詞を見ないで歌えます。
ワクワクする、そういう盛り上がりが、その頃の埼玉(昭39~42)にあったと思います。  
5歳上の夫は高2で埼玉国体を迎え、開会式のマスゲームに出場したそうです。
そのため高1・2の体育の授業は、その練習ばかりで埼玉国体はあまり良い思い出ではないようです。

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